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ブラッサム(朝ドラ)黒崎大三郎(首都公論)の実在モデルは?滝田樗陰(中央公論)?

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はるを 朝ドラ

朝ドラ『ブラッサム』の物語が東京編へ突入し、画面から溢れ出る熱気に毎朝テンションが上がりっぱなしですよね。

ヒロインの葉野珠が上京し、新たな一歩を踏み出した矢先、とてつもない存在感を放つ名物キャラクターが満を持して登場しました。

文芸雑誌『首都公論』の編集長として圧倒的なオーラを撒き散らす黒崎大三郎です。

遠藤憲一さんが演じるこの黒崎という人物、ひと目見た瞬間から画面に惹きつけられた方も多いのではないでしょうか。

実は彼や彼が率いる『首都公論』には、近代日本文学の歴史を揺るがした実在の伝説的編集者と大雑誌という、実にドラマチックなモデルが存在するのです。

今回は、胸が熱くなる初登場シーンの興奮から、史実における奇跡のような出会いや逸話まで、あふれる情熱とともに深く掘り下げていきます。

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ブラッサム(朝ドラ)|黒崎大三郎(首都公論)初登場シーン

第23話で描かれた黒崎大三郎の初登場は、まさに朝ドラ史に残るレベルの圧倒的なインパクトでした。

珠が働き始めた東京・本郷の西洋レストラン『悠樂軒』に、井浦新さん演じる副編集長・山中勇三を従えて威風堂々と現れた黒崎は、店に入った瞬間から周囲の空気を一変させました。

大柄な体躯と朗々とした大声、そして見る者を呑み込むような目力で店内の視線を独占する姿は、まさに文壇を牛耳るフィクサーそのものです。

テーブルにつくやいなや、豪快に注文した分厚いビフテキを旨そうに平らげる食べっぷりは見ていて爽快そのものでした。

そして何より視聴者の心を撃ち抜いたのが、去り際に見せた名物の「50銭チップ」シーンです。

食事が終わると「おい、取っときな!」とばかりに、当時の物価としては破格の大金である50銭銀貨をテーブルにドンと置いて立ち去る豪胆さには、思わず画面の前で痺れてしまいました。

現在の感覚に換算すれば数千円から1万円近くに相当するチップを惜しげもなく置いていく姿に、超一流誌の編集長たる矜持と太っ腹な人柄が凝縮されていましたね。

個人的には、欲望のままに突き進む豪快な“攻め”の黒崎と、それを隣で冷静にフォローする“守り”の山中副編集長という絶妙な凸凹コンビの佇まいにも猛烈に惹かれました。

ブラッサム(朝ドラ)|黒崎大三郎の実在モデルは?滝田樗陰?

圧倒的な存在感を放つ黒崎大三郎ですが、実在のモデルとされているのが大正文壇の巨頭として知られる名編集者、滝田樗陰(たきた ちょいん)です。

秋田県出身で東京帝国大学を中退した樗陰は、若くして雑誌の編集責任者となり、大正時代の文壇で最高峰の権威を誇った人物でした。

彼が歴史に残した足跡は計り知れず、夏目漱石や森?外といった巨匠から、芥川龍之介、谷崎潤一郎、志賀直哉、菊池寛といった新進気鋭の若い才能までを次々と見出し、世に送り出しました。

劇中の黒崎と同じく、樗陰もまたズングリとした大柄な体格で大声、そして無類の食道楽という豪放磊落な性格で知られていました。

黒塗りの人力車を縦横無尽に走らせて作家の自宅へ上がり込み、ご馳走を平らげながら厳しく原稿を催促するスタイルは文壇の名物となり、「樗陰の人力車が止まれば一人前の作家」とまで称えられたほどです。

制作陣も公式に滝田樗陰のキャラクターや逸話を深く参考にしていると明かしており、あの豪快な大食いと鋭い審美眼のギャップは樗陰そのものと言えます。

「太く短く」を信条に駆け抜け、43歳の若さでこの世を去った樗陰ですが、彼が受け取った1万枚を超える直筆原稿が今も大切に保管されているという事実からも、どれほど作家たちから絶大な信頼を寄せられていたかが伝わってきますね。

ブラッサム(朝ドラ)|首都公論の実在モデルは?中央公論?

劇中で黒崎たちが手掛ける文芸総合誌『首都公論』のモデルとなっているのが、現在も出版界の象徴として存在する老舗雑誌『中央公論』です。

『中央公論』のルーツは意外なことに、明治時代に京都の西本願寺の青年僧たちが結成した反省会の機関誌『反省会雑誌』まで遡ります。

やがて東京へ拠点を移して独立し、滝田樗陰が文芸欄を新設したことで劇的な進化を遂げ、発行部数を何倍にも伸ばして日本を代表する総合雑誌へと大化けしました。

当時の文学界において『中央公論』の誌面に作品が掲載されることは、作家として一流の仲間入りを果たしたことを意味する最高の登竜門でした。

さらに政治や社会論壇においても吉野作造の民本主義を掲載するなど、大正デモクラシーの中心地として時代の潮流を形成した存在でもあります。

ドラマの『首都公論』もまさにその輝かしい権威と熱量をそのまま映し出しており、無名の珠が目指すべき最高峰の舞台として完璧に機能しています。

樗陰の死後は副編集長山中のモデルである嶋中雄作が継承し、『婦人公論』の創刊や中央公論社の社長として発展させていきましたが、二人の敏腕編集者が作った雑誌の遺伝子がドラマにも息づいていて胸が熱くなります。

ブラッサム(朝ドラ)|滝田樗陰(中央公論)と宇野千代の関係は?

主人公・珠のモデルである宇野千代と、黒崎のモデルである滝田樗陰の間には、小説以上にドラマチックな運命の出会いとデビュー秘話が存在します。

ふたりの接点が生まれたのは1917年頃、上京したばかりで生活費に苦しんでいた19歳の宇野千代が、東京・本郷の西洋料理店『燕楽軒』で給仕のアルバイトを始めた時のことでした。

店の向かいに中央公論社があったことから、樗陰は連日ランチを食べに店を訪れており、そのテーブルを偶然担当したのが千代だったのです。

樗陰は千代が担当するたびに、いつも当時の大金である50銭銀貨をチップとしてそっと置いていきました。

質屋に入れた着物を取り戻したかった千代は、その50銭チップを大切に貯め、目標金額が貯まったわずか18日間で店を辞めましたが、この短い交流が彼女の運命を劇的に変えることになります。

その後、札幌へ渡った千代は懸賞小説への入選を機に本格的な執筆を開始し、渾身の短編小説『墓を発く』を書き上げると、あの『燕楽軒』での縁を頼りに滝田樗陰へ原稿を託しました。

返事が届かず不安に駆られた千代が単身東京へ確認に向かうと、原稿はすでに『中央公論』の誌面に掲載されることが決まっており、手渡された原稿料は破格の366円という超大金でした。

大卒サラリーマンの初任給が50円程度だった時代に、一気に向こう何年分もの生活費に匹敵する原稿料を手にした千代は、狂喜乱舞して故郷の岩国へ帰り錦を飾ったと伝えられています。

無名の給仕少女の中に眠る非凡な才能を直感で見抜き、文壇の表舞台へと引き上げた滝田樗陰の存在がなければ、偉大な作家・宇野千代は誕生していなかったかもしれないと思うと、歴史の巡り合わせに深く感動させられますね。

まとめ

黒崎大三郎という破天荒で愛すべき名物編集長の登場によって、『ブラッサム』の東京編は一気に加速し、最高の盛り上がりを見せています。

豪快に肉を喰らい多額のチップを置く圧倒的なキャラクター性の裏には、時代を創り出した伝説の編集者・滝田樗陰の熱い情熱と、名雑誌『中央公論』の輝かしい歴史が見事に投影されていました。

下宿先で家事と仕事に追われながらも密かに情熱の炎を燃やし続ける珠が、この黒崎という巨大な壁であり恩人となる存在とどうぶつかり合い、才能を開花させていくのか目が離せません。

史実を知ることで、ふとした会話や視線の交わし合いの中に秘められた意味がより深く立体的に立ち現れてきて、毎朝の15分間が愛おしくてたまらなくなりますね。

これからも二人のやり取りが生み出す極上のドラマを、一秒も見逃さずに全身で受け止めて応援していきましょう。

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