毎週火曜日の夜、あの独特の重厚な電子音が鳴り響くたびに、僕たちのゴーストもまた、広大なネットの海へとダイブしていくような感覚にとらわれますよね。
サイエンスSARUが描く美しい映像美と、円城塔さんの手による極めてシャープな脚本が化学反応を起こしている、今期の新作テレビアニメシリーズ。
いよいよ物語は、残すところあとわずかという最終局面に突入してしまい、ファンの間でも期待と一抹の寂しさが交錯しているのではないでしょうか。
今回は、嵐の前の静けさと、狂おしいほどの緊張感が満ちていた驚異の第9話を徹底的に読み解いていきたいと思います。
冷たいチタンの頭蓋骨の下で、素子がいったい何を見つめ、どこへ向かうとしているのか、その心の奥底に眠る葛藤に一緒に触れてみましょう。
攻殻機動隊(アニメ)9話までの振り返り
■国家の謀略と揺らぐ少佐のアイデンティティ:前回までの歩み
前回の第8話では、船上という閉鎖された極限状態のなか、テロリストを制圧する極秘任務が繰り広げられました。
その戦いのなかで、無敵を誇るはずの草薙素子少佐が、あってはならない「誤射」によってテロ組織のリーダーを射殺してしまうという、衝撃的な引き金が引かれたのを覚えていますか。
さらに、彼女がかつて自らの内に取り込んだ、あるいは触れてしまったあの不可思議な存在である「人形使い」の残響が、素子の電脳のなかで静かにノイズを響かせ始めていたのも印象的でした。
バトーの、不器用ながらも素子に寄り添おうとする温かい眼差しや、彼の漏らした死に対する哲学的なセリフが、冷たい鋼鉄の身体を持つ素子の心に深く染み渡るような、どこか切ない静寂が漂うエピソードでしたね。
しかしその静かな余韻は、何者かによる狡猾な謀略によって、マスコミに公安9課の秘密活動が暴露されるという最悪の形で裏切られてしまうことになります。
攻殻機動隊(アニメ)9話ネタバレあらすじ
■裁かれる正義とトイレが呼ぶ脱出劇:第9話「BRAIN DRAIN ii」ストーリー
極秘任務のはずだったテロリスト射殺のニュースが世間に大々的に報道され、ネット上やテレビ特番は大炎上、公安9課の存在自体が白日の下に晒される事態へと陥りました。
皮肉なことに、素子を刑事告訴したのは敵対するテロ組織などではなく、テレビニュースで事件を知った「一般の市民、それも子どもの親」だったのです。
自分たちが命を懸けて守ってきたはずの一般社会から、人殺しの罪で訴えられてしまうという不条理のなか、素子はゴラントル諜報部が裏で糸を引いていると睨み、不穏な世論操作の陰謀を探り始めます。
一方で、世間の激しい批判をなんとか沈静化させたい法務省は、9課という組織の存続をエサにして、素子をスケープゴートとして有罪判決に追い込もうと画策していました。
荒巻大輔部長から、司法取引に応じれば実刑を数ヶ月に減刑できるという現実的な妥協案を伝えられた素子は、静かに、しかし冷酷な現実を見つめてそれを拒絶します。
刑務所に入れば、すぐにでも敵の手先によって自分の義体はバラバラに解体されてしまう、そんな確信が彼女にはあったのです。
移動中の車内で、素子と荒巻が交わした、現代の過剰な消費社会がもたらす歪みや、弱者からの静かな搾取についての対話は、まさに社会の冷たい構造を鋭く抉り出すような深みを持っていました。
そして迎えた緊迫の裁判シーンでは、検事からの鋭い尋問に対して、素子は人間離れした、あまりにも冷徹で哲学的な言葉を淡々と紡ぎ出します。
生命の本質は個別の肉体ではなく、遺伝子やミームを伝えるソフトウェアに過ぎないと言い放ち、自分が引き金を引いたのはその人を生活排水のようなプログラムから目覚めさせた「救い」なのだと語るのです。
その言葉は、どこか人間であることをやめ、ネットの深淵に生まれた「人形使い」そのものが彼女の口を借りて喋っているかのような、背筋が凍るような異様さを放っていました。
裁判の合間の休廷時間、荒巻は素子に弁論の草案を見るかと問いかけますが、すぐに「いや、トイレが呼んどる、すぐ戻る」と言い残して席を外します。
そのあまりにもアナクロで不器用な部長の「合図」を瞬時に理解した素子は、微笑みとともに、バトーに連絡を取って脱出のためのスペアパーツとスーツケースの手配を指示しました。
造顔作家シェブ・ムドゥマを人質に取り、燃料満タンの高速ヘリを要求して大胆な逃亡を企てる素子に対し、国高官からは荒巻を国家反逆罪で処刑すると激しい脅しが入ります。
しかし、荒巻は全く動じることなく、人質受け渡しの公園に狙撃隊を急行させ、彼女が人質から離れた瞬間を狙うという冷徹な指揮を執るのです。
攻殻機動隊(アニメ)9話ネタバレ感想
■ハイライトの消えた瞳が囁く、もう一人の自分
この第9話を観ていて、僕が一番驚かされたのは、やはりあの冷たい法廷のなかで、少佐の美しい赤い瞳から光が失われていく瞬間でした。
検事のありきたりな正義感をあざ笑うかのように、命や存在の本質を淡々と「プログラム」や「生活排水」に例えて語る彼女は、僕たちがよく知る、仲間を率いて戦う「少佐」ではありませんでした。
まるで、彼女の中に眠る「人形使い」という名の冷たい電子の怪物が、その隙間からこちらの世界を覗き見ているかのような、得体の知れない恐怖を感じて仕方がなかったのです。
僕自身の話を少しさせてもらうと、日々変わり映えのしない仕事を続けながら、たまにふと「今の自分は、本当に自分の意志で動いているのか、誰かに仕組まれたシミュレーションなのではないか」と、少佐と同じような実存の不安に襲われることがあります。
自分の脳をこの目で見た人間なんて、現実には一人もいないわけですから、僕たちもまた、周囲の状況証拠だけで自分を自分だと信じ込んでいるに過ぎないのかもしれません。
そんな現代人が誰しも胸の奥に抱える、薄暗いアイデンティティの揺らぎを、サイエンスSARUのあの少し不規則でダイナミックなアニメーションが完璧に表現していて、画面から目が離せなくなりました。
そして、荒巻部長のあの「トイレが呼んどる」という、古風でありながらどこまでも部下を信じ抜いた最高の裏切りが、このダークな不条理劇の中で一筋の熱い人間的な光を放っていました。
法を犯してでも素子を逃がそうとする、あの寡黙な男の覚悟には、一人の男として、また一人のオタクとして、心の底から惚れ込んでしまいましたね。
攻殻機動隊(アニメ)最終回10話のネタバレ考察
■最終回で待ち受ける「融合」と、広大なネットの旅路
さて、次回はついに最終回となる第10話「EPISODE 10: BRAIN DRAIN ⅲ + GHOST COAST + EPILOGUE」が放送されます。
僕が予想するに、逃亡を続ける素子は、荒巻率いる9課の包囲網、そして彼女の脳を破壊しようとする公安6課の激しい狙撃の網に捕らえられることになるでしょう。
多脚戦車との重厚で悲壮な戦いの果てに、満身創痍となった素子の義体に、バトーが自らの手を汚しながらも、あの「人形使い」を接続するシーンが描かれるのではないでしょうか。
かつてネットの海で出会い、お互いを鏡のなかの実像と虚像のように感じ合っていた二つの魂が、ついに一つの存在へと溶け合っていく、あの瞬間です。
それは、私というちっぽけな存在への執着を捨て去り、変化し続ける広大なネットの一部になるという、哀しくも美しい「制約からの解放」を意味しているのだと思います。
バトーが闇ルートで必死に手に入れてくれた、あのどこかあどけない少女の義体のなかで素子が目を覚ますとき、世界は一変しているはずです。
「少佐」と呼ばれた一人の優秀な女性捜査官はもうそこにはおらず、ただ、新しく生まれ変わった名もなき命が、静かにバトーに微笑みかけるのでしょう。
バトーが残してくれた車の暗証番号「2501」という冷たい数字を胸に、彼女がセーフルームを去っていくラストシーンが、今から目に浮かぶようです。
まとめ
■私たちのゴーストが最後に見届けるもの
原作が持つオカルト的で深淵な哲学テーマに、モコちゃん監督と円城塔さんが真っ向から挑み続けた、この最大の挑戦もいよいよ幕を閉じます。
私たちは、この1ヶ月半にわたる奇妙で、しかしどうしようもなく愛おしい「楽しい時間」を、彼ら公安9課のメンバーとともに駆け抜けてきました。
身体の境界線が失われ、自分の記憶すら信じられなくなるような過酷な未来の果てに、それでも素子が見出した「希望」とはいったい何だったのか。
その本当の答えは、誰かから与えられるものではなく、僕たち一人ひとりのゴーストが、画面の向こう側の光を見つめることでしか得られないものなのかもしれません。
泣いても笑っても、次が最後のダイブです。
首を長くして、しかしどこか名残惜しさを感じながら、僕たちもまた、あの広大なネットの海へ少佐を見送りに行きましょう。
