モデルとして、そして二人の娘を育てる一人の母として、常に自分らしくあり続ける西山茉希さん。
2026年を迎えた今も、彼女の飾らないライフスタイルや情熱的な生き方は、多くの人々の心を捉えて離しません。
ネットを開けば断片的な情報は溢れていますが、今回は一人のファンとして、彼女の歩んできた軌跡や家族への想いを、Wikipediaに負けないくらい深く、そして愛を込めて掘り下げていきたいと思います。
彼女が歩んできた40年の物語を、一緒に紐解いていきましょう。
西山茉希|プロフィール、年齢・身長は?
■西山茉希の素顔と詳細プロフィール
1985年11月16日に新潟県長岡市で生まれた彼女は、2026年現在で40歳という節目の年齢を迎えました。
身長168cmという抜群のスタイルと、O型らしい明るくサバサバとした性格は、彼女の最大の魅力と言えるでしょう。
「マキちゃん」や「マッキー」という愛称で親しまれ、多くのファンから愛され続けている理由がよく分かります。
現在は芸能事務所Grickに所属し、モデル活動だけでなく、タレントやYouTuberとしてもマルチな才能を発揮しています。
彼女の公式YouTubeチャンネル「西山茉希の#俺流チャンネル」では、料理の腕前を披露したり、家族との温かいエピソードを公開したりと、等身大の姿を見せてくれていますね。
西山茉希|経歴・若い頃
■運命を変えた銀座でのスカウトとモデル経歴
彼女の芸能界入りのきっかけは、2004年に高校の卒業旅行で訪れた東京・銀座でのスカウトでした。
駅の路線図の前で迷っていたところを声をかけられたというエピソードは、まるでドラマの一シーンのようです。
当時は芸能界に全く興味がなく一度は断ったそうですが、最終的にはモデルとして勝負することを決意し、19歳で上京しました。
2005年5月にはファッション誌「CanCam」の専属モデルに起用され、翌月にはいきなり表紙を飾るという、華々しいデビューを果たしました。
「笑顔担当の小悪魔マッキー」として、蛯原友里さんや押切もえさんと共に一時代を築いた彼女の姿を覚えている方も多いのではないでしょうか。
その後は映画「ハミングライフ」での主演や、様々なバラエティ番組への出演など、活動の幅を広げていきました。
西山茉希|元夫・早乙女太一の馴れ初めと離婚
■早乙女太一との情熱的な馴れ初めと別離
私生活では、2013年6月に俳優の早乙女太一さんと結婚しました。
二人の出会いは、西山さんの元マネージャーが早乙女さんのマネージャーになったことが縁で、食事をセッティングされたのが始まりだったそうです。
当初、早乙女さんは西山さんのことを「八方美人で偏屈」だと思い、あまり良い印象を持っていなかったという意外なエピソードもあります。
しかし、実際に深く向き合う中で、二人は「似た者同士」であることに気づき、出会って1ヶ月ほどで一緒に生活を始めるほど惹かれ合いました。
路上での大喧嘩が報じられるなど波乱万丈な時期もありましたが、二人の娘を授かり、家族としての時間を積み重ねていきました。
残念ながら2019年6月に約6年間の結婚生活にピリオドを打ちましたが、現在は「パートナー」として協力し合いながら子育てを行っています。
西山茉希|再婚相手・現在の旦那は?
■2026年現在の旦那様と再婚への想い
離婚後、彼女は一度も再婚をすることなく、シングルマザーとして娘さんたちを育てています。
2026年現在も特定の旦那様はおらず、今は子供たちとの時間を何よりも大切にしているようです。
最近のテレビ番組では再婚について、「うちは子供が成長もしちゃっているし、統計的に娘さんのシングルマザーは再婚が難しいと言われる」と、自身の現状を冷静に見つめる発言をしていました。
また、元夫である早乙女さんとは現在も定期的に会っており、子供たちの前で一緒に過ごす幸せを感じることもあると語っています。
彼女にとって早乙女さんは「DNAレベルで惹かれる」ような相手であり、家族からも「戻った方がいい」と助言されるほど、特別な絆が残っているのかもしれません。
焦って形を求めるのではなく、今の穏やかな関係を大切にする彼女の姿勢には、深い愛を感じますね。
西山茉希|子供は何人?名前は?
■愛する二人の宝物!娘たちの成長
西山さんには、二人の可愛らしい娘さんがいます。
2013年10月30日に誕生した長女は、SNSでは「ちびパンさん」という愛称で親しまれ、2026年現在では中学1年生になりました。
そして2016年4月11日に生まれた次女は「ちびちびさん」と呼ばれ、現在は小学4年生になっています。
彼女のInstagramには、娘さんたちの成長を感じさせるエピソードが溢れており、多くのママたちの共感を呼んでいます。
特に、次女が生まれた日から8年半ずっと大切にしていたブランケット、通称「モコモコ」を突然卒業した際の話は、涙なしには読めないほど感動的でした。
「忘れられない歴史あり、未来の笑い話も宝物」と綴る彼女の言葉からは、娘たちの自立を喜ぶ母としての深い愛情が伝わってきます。
西山茉希|子供の学校は?
■気になる子供たちの教育方針と学校生活
娘さんたちの具体的な学校名については、プライバシーを守るために一切公表されていません。
母親として、子供たちが安心して学べる環境をしっかりと守っているのは、とても立派なことだと思います。
ただ、以前の番組出演時には、小学校低学年のうちから塾に通わせるなどの中学受験に向けた周囲の準備の早さに、「もう乗り遅れたいです」と戸惑いを見せる場面もありました。
都会の受験熱に圧倒されながらも、彼女なりに子供たちのペースを大切にしようと葛藤している様子が伺えますね。
一方で、緊急事態宣言下での入学式には「ママは怖いの」と本音を漏らすなど、常に子供の環境変化に敏感に寄り添う彼女の姿は、まさに等身大な母親そのものです。
学校行事や日々の学習についても、気負いすぎず子供たちの成長を見守っているのではないでしょうか。
西山茉希|実家はお金持ち?
■故郷・新潟県長岡市にある温かな実家
彼女の実家は、新潟県長岡市にあります。
自然豊かで、冬には雪深いこの街で、彼女はのびのびと育ちました。
ネット上では「実家が金持ちなのでは?」という噂もありますが、確かな証拠はなく、むしろ堅実で温かな家庭環境だったことが伺えます。
高校生の頃から東京へ新幹線で通って芸能活動ができたことや、中学時代の全国レベルのバレーボール活動を支えられた背景には、相応の経済的余裕があったことは間違いありません。
地震の際には1週間車中生活を送るなど、厳しい経験も家族で共に乗り越えてきた強い絆があります。
今でもたびたび帰省し、長岡の花火を楽しんだり、実家の庭で雪遊びをしたりと、彼女にとってそこは心の拠り所であり続けています。
西山茉希|母親・父親は?
■両親への感謝と仲良し5人家族の構成
西山家は、父、母、兄、茉希さん、弟という5人家族で、3人きょうだいの真ん中として育ちました。
お父様は建築関係の会社に勤めておられ、とても感情豊かで家族思いな方だそうです。
彼女が「CanCam」のモデルになった際、お父様が発売日に何冊も雑誌を買い、車のトランクに大切にしまっていたというエピソードには、娘への不器用なほどの深い愛を感じます。
お母様はパンの製造に携わっており、西山さんと同じセブンイレブンでアルバイトをしていた経験もあるなど、非常に働き者でしっかりとした方です。
新潟県中越地震の際、「お兄ちゃんがいる東京に行きなさい」と背中を押してくれたお母様の強さが、今の彼女の自立心に繋がっているのかもしれません。
ご両親の人間力を尊敬し、今でもお酒を酌み交わしながら語り合える関係性は、本当に素敵ですね。
西山茉希|兄弟
■9年間も同居した絆!兄と弟との関係
西山さんには、2歳年上のお兄さんの治希(はるき)さんと、3歳年下の弟さんの和希(かずき)さんがいます。
驚くことに、彼女が上京してから約9年間、この3きょうだいで東京で一緒に暮らしていた時期があったのです。
モデルとして多忙を極めていた時期、男兄弟二人が彼女の生活を支えてくれていたというのは、深い絆がなければできないことでしょう。
現在もその仲の良さは変わらず、それぞれの誕生日には必ず集まってお祝いをしているそうです。
3人全員が親になった今では、いとこ同士を含めた13人の大家族でバーベキューを楽しむなど、交流はさらに賑やかになっています。
男兄弟に囲まれて育ったからこそ、彼女のサバサバとして男前な性格が形作られたのかもしれませんね。
西山茉希|学歴(出身高校・大学)は?
■出身高校と進学を選ばなかった大学時代
彼女の出身高校は、地元の新潟県立長岡大手高等学校の家政科です。
この高校は私服OKという自由な校風で、おしゃれな先輩たちに刺激を受けたことが、後のモデル人生の原点の一つとなりました。
本人が公開した通知表によると、体育や美術は優秀でしたが、消費経済の成績が1だったり、遅刻が34日もあったりと、意外にも「甘えすぎた3年間」を過ごしていたようです。
高校時代にはダイエットに励み、体育祭でお嬢様抱っこをされるダンスをきっかけに体型を変えようと決意したという微笑ましいエピソードも残っています。
高校卒業後は大学には進学せず、地元でアルバイトをしながら過ごしていました。
当時は目標を見失っていた時期もあったようですが、スカウトされた縁を大切に一歩踏み出したことが、今の彼女を作りました。
西山茉希|出身中学・小学校は?
■バレーボールに捧げた中学・小学校時代
小学生の頃の彼女は、意外にも肥満児だったことを告白しています。
しかし、5年生からバレーボールを始めたことで一気に体型が変わり、運動神経も開花していきました。
長岡市立豊田小学校から長岡市立旭岡中学校へと進み、中学時代はまさに「バレーボール一色」の生活を送りました。
髪型を刈り上げにし、体操服とチームのダウンしか着ないというストイックな日々を過ごし、新潟県選抜メンバーとして2年連続で全国大会出場を果たしたのです。
当時はかなりの大食いで、1日6700キロカロリーを摂取していたという力士並みの伝説も語られていますね。
怪我を隠して試合に出るほどのガッツは、今のシングルマザーとしての力強さにも通じている気がしてなりません。
■まとめ
西山茉希さんのこれまでの歩みを振り返ってみると、そこには常に「家族」と「挑戦」がありました。
新潟の雪国で培われた忍耐強さと、大家族の中で育まれた温かな愛情が、彼女の芯の強さを作っているのでしょう。
40歳を迎え、二人の娘を育てる母として、そして一人の輝く女性として、彼女が発信するメッセージはますます深みを増しています。
決して順風満帆な時ばかりではなかったかもしれませんが、どんな時も「ありのままの自分」で向き合う彼女の姿を、これからも応援し続けたいと思います。
彼女の物語は、これからも多くの人の心に寄り添い、勇気を与えてくれるはずです。
