芸能界の「巨匠」として、今なお第一線で輝き続ける堺正章さん。
彼が歩んできた道は、まさに日本のエンターテインメントの歴史そのものと言っても過言ではありません。
今日は、そんなマチャアキこと堺正章さんの魅力あふれる人となりについて、wikipediaに負けないくらい、愛情を込めて深く掘り下げていこうと思います。
ファンの皆さんが気になっているプライベートな素顔から、伝説的なキャリアの裏側まで、僕自身の感動も交えながらお伝えしますね。
堺正章|プロフィール、年齢・身長は?
堺正章さんの本名は栗原正章(くりはら まさあき)といい、1946年生まれの彼は、2026年現在で79歳、もうすぐ80歳という節目を迎えられます。
実は誕生日にまつわる面白いエピソードがあり、戸籍上は8月6日生まれですが、実際には6月6日に誕生されています。
これは終戦直後の動乱期だったため、父親の出生届の提出が2ヶ月遅れてしまったことが理由だそうです。
東京都中野区や世田谷区といった都会の空気を感じさせる場所で生まれ、神奈川県鎌倉市の豊かな自然の中で育ちました。
公表されている身長は157cmから165cmと幅がありますが、画面越しに感じるそのオーラは、実際の数字を遥かに超える大きさを感じさせますよね。
堺正章|経歴
彼のキャリアは驚くほど早く、わずか5歳の時に父親に連れられて行った撮影現場で、映画「東京騎士伝」に出演し子役デビューを果たしました。
16歳になった1962年には、伝説的なグループ・サウンズ「ザ・スパイダース」にボーカルとして加入し、音楽の世界で一世を風靡します。
「夕陽が泣いている」がミリオンヒットを記録し、時代の寵児となった彼ですが、バンド解散後もソロ歌手として「さらば恋人」を大ヒットさせるなど、その歌声は多くの人の心を掴んで離しませんでした。
俳優としてもドラマ「時間ですよ」で見せた親しみやすい演技が話題を呼び、お茶の間の人気者となります。
さらには「新春かくし芸大会」で見せるプロ顔負けの個人芸により、「Mr.かくし芸」や「巨匠」という愛称が定着していったのです。
堺正章|出演ドラマ・映画
■心に残る出演ドラマと映画
彼の代表作として真っ先に思い浮かぶのは、やはり1978年から主演を務めた日本テレビ系のドラマ「西遊記」ではないでしょうか。
堺さんが演じた軽快でユーモラスな孫悟空は、最高視聴率27.4パーセントを記録し、子供から大人まで夢中にさせる国民的ヒーローとなりました。
僕自身も再放送などでその姿を見るたびに、あの如意棒を巧みに操るアクションと豊かな表情に心を奪われてしまいます。
その他にも「時間ですよ」の健ちゃん役や、2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」での望月東庵役など、その演技の幅の広さには驚かされるばかりです。
また最近ではドラマ「ブラックペアン シーズン2」にもゲスト出演し、その重厚な演技で視聴者を圧倒していましたね。
堺正章|年収
■気になる年収と資産の凄み
2026年現在の彼の年収は、推定で4000万円から8000万円ほどと言われていますが、全盛期には想像を絶する額を稼いでいました。
1990年代の全盛期には、テレビ番組の司会者として大成功を収め、推定年収は3億円を超えていたとされています。
実際に1998年には納税額が1億円近くに達しており、当時の高額納税者ランキングの常連でもありました。
現在はレギュラー番組を絞っていますが、それでも大御所ならではの効率的な働き方で、1本あたりの出演料は150万円以上とも言われています。
さらに世界に3台しかない希少なクラシックカー「マセラティA6GCS」を所有するなど、その趣味からも圧倒的な財力が伺えますね。
堺正章|結婚歴・歴代の嫁
■激動の結婚歴と歴代の妻
プライベートでは3度の結婚を経験されており、最初の結婚は1974年、お相手は一般女性の吉田知恵子さんでした。
1980年に離婚した際、慰謝料として1億円を支払ったというニュースは当時の世間を騒がせましたが、堺さんは「全て自分の責任」と潔く語っています。
2度目は1989年、タレントの岡田美里さんと結ばれ、おしどり夫婦として知られましたが、2001年に約12年の結婚生活にピリオドを打ちました。
離婚の背景には彼女が幼少期に受けた家庭内暴力に起因するPTSDなどがありましたが、離婚後も娘さんたちのために協力し合う姿はとても素敵だと感じます。
そして2011年、自身の65歳の誕生日に、8年の交際を経て22歳年下の元モデルである一般女性、敦子さんと3度目の結婚をされました。
堺正章|実家はお金持ち?
■実家はお金持ちという噂の真相
堺さんの実家が驚くほどのお金持ちだったという噂は、どうやら紛れもない事実のようです。
幼少期に過ごした鎌倉の家は、敷地面積が1400坪、資料によっては4000坪とも言われる広大な豪邸でした。
家にはお手伝いさんが複数人おり、父親の弟子たちも同居する総勢12名の賑やかな大所帯で暮らしていたそうです。
子供の頃、父親が「外のスケート場には不良がいる」と心配したため、なんと自宅の庭に専用のローラースケート場が作られたというエピソードには驚きを隠せません。
ジャーマン・シェパードを10頭も飼っていたという話もあり、まさに「坊っちゃま」として大切に育てられたことが分かりますね。
堺正章|父親
■偉大な父親の背中
彼の父親は、昭和を代表する伝説のコメディアン、喜劇俳優の堺駿二さんです。
名脇役として生涯で250本もの映画に出演した超売れっ子でしたが、仕事が忙しく、幼い頃の堺正章さんは半年に一度くらいしか会えなかったそうです。
駿二さんは1968年、新宿コマ劇場の舞台本番中に脳出血で倒れ、54歳という若さで帰らぬ人となりました。
「あたしゃ、まだまだ元気ですよ?」という最後のセリフを言い残して舞台袖で力尽きたその姿は、役者としての壮絶な覚悟を感じさせます。
堺さんは父から「人にやらせる粋さ」を学んだと語っており、その教えが現在の司会業などにも活きているのかもしれませんね。
堺正章|母親
■母親と家族の物語
母は元松竹少女歌劇団の踊り子だった栗原千代子(芸名は三浦たま子)さんという方です。
16歳で歌劇団に入り活躍していましたが、結婚を機に家庭に入り、堺さんを含む4人の子供たちを専業主婦として支えました。
しかし彼女もまた48歳という若さでこの世を去っており、堺さんは若くして両親を亡くすという悲しみを経験されています。
家族写真を見ると、凛とした美しさの中にも温かみを感じさせる女性で、堺さんの感受性の豊かさは母親譲りなのかもしれません。
堺正章|兄弟
■共に育った兄弟たち
堺さんは4人兄弟の末っ子として生まれ、2人の兄と1人の姉に囲まれて育ちました。
兄弟たちは一般の方として生活しているため、表舞台に出ることはほとんどありません。
唯一、姉の藤倉由紀子さんはテレビ番組「ファミリーヒストリー」に出演し、堺家のルーツを共に辿る姿が印象的でした。
末っ子として可愛がられつつも、芸の厳しい世界を見て育った彼は、兄弟の中でも一際強い自立心を持っていたのでしょう。
堺正章|学歴(出身高校・大学)は?
■文武両道の出身高校と大学への決断
出身高校は、神奈川県鎌倉市にある私立の男子校、鎌倉学園高等学校です。
現在は偏差値68とも言われる難関の進学校で、サザンオールスターズの桑田佳祐さんも同校の卒業生として有名ですね。
彼は高校卒業後、大学へは進学せずに、音楽の道へと進む決意をしました。
16歳でバンドに加入し、学業と芸能活動を並行させる厳しさを知りながらも、この世界に骨を埋める覚悟を決めたのは並大抵のことではありません。
堺正章|出身中学・小学校は?
■遊び場でもあった出身中学と小学校
中学校も高校と同じく鎌倉学園中学校で、中学受験を経て入学されたエリート層でもありました。
中学生の頃にはプレスリーなどのアメリカン・ポップスに夢中になり、音楽への情熱を募らせていったそうです。
小学校は地元の公立校である鎌倉市立御成小学校に通っていました。
驚くことに、小学生の頃からすでにゴルフコースを回っていたというエピソードがあり、幼少期からの英才教育ぶりが伺えますね。
まとめ
堺正章さんの歩んできた70年以上の芸歴を振り返ると、そこには常に挑戦と、周囲への深い愛があったことが分かります。
恵まれた家庭環境に甘んじることなく、若くして父の死を乗り越え、自らの才能を磨き続けてきた姿には尊敬の念を禁じ得ません。
2026年、喜寿を過ぎてなお現役で走り続ける巨匠の背中は、僕たちに「情熱を持って生きる素晴らしさ」を教えてくれているようです。
これからも、あの優しくも鋭い眼差しで、僕たちを驚かせ、楽しませ続けてほしいと心から願っています。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
