今、バラエティ番組で見ない日はないほど勢いに乗っている「ぱーてぃーちゃん」のすがちゃん最高No.1さん、皆さんはどんなイメージを持っていますか?
派手なワインレッドのスーツに身を包み、ギャル2人を引き連れて「ダメなんだぜ」とキザに決める姿は、一見するとただのチャラ男に見えるかもしれません。
でも、彼の本当の魅力はその裏側に隠された、想像を絶するほどハードで、かつドラマチックすぎる人生にあるんです。
今回は、ファンならずとも心震える彼の半生を、Wikipediaに負けないくらい熱量たっぷりに深掘りしていこうと思います。
すがちゃん最高No.1|生い立ち、本名は?
すがちゃん最高No.1さんは1991年8月21日、東京都の大田区で産声を上げました。本名は「菅野直人」であることを公表。
ただ生い立ちを見ると、わずか3歳の時に最愛のお母さんが病気でこの世を去ってしまいます。
それがきっかけで、お父さんの実家がある山形県山形市へと移り住むことになったんです。
そこでは、お父さん、父方の祖父母、そしてお父さんの姉である伯母さんの「かっちゃん」と5人で暮らすことになりました。
幸せな家庭が続くかと思いきや、ここからが彼の「逆ワンピース」とも言える、家族が一人ずついなくなる過酷な日々の始まりだったんです。
お父さんは家出を繰り返し、伯母さんは東京へ行き、おじいちゃんは亡くなり、おばあちゃんは施設へ入ってしまいました。
気がつくと、中学1年生にして広すぎる5LDKの家で一人暮らしをすることになっていたというから驚きですよね。
僕なら寂しくて泣き叫んでしまいそうな状況ですが、彼は「孤独な俺、カッコいい」と自分を主人公のように捉えて乗り越えたそうです。
すがちゃん最高No.1|経歴
高校卒業後に山形から上京した彼は、まず日本工学院専門学校へ進学しました。
卒業後はテレビ番組の制作会社にADとして入社しましたが、本人が「使えないAD」だったと振り返るほど失敗の連続だったようです。
それでも、失敗した自分をネタにして笑いに変えてくれる上司との出会いが、彼をお笑いの道へと突き動かしました。
22歳の時にワタナベコメディスクール19期に入学し、本格的に芸人を目指し始めます。
2014年には専門学校時代からの友人と「パーティーズ」を結成しデビューしましたが、なかなか芽が出ず「肩まで地下に浸かっていた」と語るほど苦労したそうです。
その後、2020年にコンビを解散し、翌2021年4月に信子さん、金子きょんちぃさんと共に「ぱーてぃーちゃん」を正式に結成しました。
2024年には「ブレイク芸人ランキング」で1位に輝くなど、今や押しも押されもせぬ人気者となりましたね。
どん底を知っているからこそ、今の彼の輝きには深みがあるんだと僕は感じています。
すがちゃん最高No.1|実家
山形市にあった実家は、もともとは家族5人で暮らしていた大きな一軒家でした。
中学1年生から高校3年生までの多感な時期を、彼はこの広い家でたった一人で過ごしていました。
冬には電気が止まり、ロウソクの火で生活していたこともあるという壮絶なエピソードも残っています。
生活費は伯母さんからの仕送りや、おばあちゃんの年金の一部などで、月に2万?3万円程度だったそうです。
食費が足りなくて、野草を摘んで食べていたこともあるというから、その自立心には頭が下がります。
普通の10代ならグレてしまいそうな環境ですが、彼は部屋の小窓から見える月に自分を照らし、酔いしれることで孤独を凌いでいました。
僕たちがテレビで見ているあの「ナルシストキャラ」は、実は孤独を生き抜くために身につけた最強の盾だったのかもしれません。
すがちゃん最高No.1|母親・父親は?
■家族構成・両親
すがちゃんさんの家族は、本当の意味で個性の塊のような人たちばかりでした。
特にお父さんは「大暴れ人間」と称されるほど破天荒で、酒とタバコと女性をこよなく愛する自由人だったそうです。
大手自動車メーカーの優秀な社員だった時期もありましたが、アダルトショップへの電話代が30万円を超えてクビになったという嘘のような伝説もあります。
また、お母さんはすがちゃんさんを産むと命が危ないと医者に止められながらも、彼をこの世に送り出してくれた強い女性でした。
育ての親とも言える伯母さんの「かっちゃん」は、添加物に厳しく、テレビに過激なシーンが映ると取り乱すほど繊細でこだわりが強い人でした。
そして、おばあちゃんはトイレを流す回数に制限を設けたり、食費を全てグミに使ってしまったりする、これまた不思議なキャラクターの持ち主だったようです。
バラバラな家族だったかもしれませんが、彼は家族の根底には確かな愛があったと語っており、その絆の形に胸が熱くなります。
すがちゃん最高No.1|兄弟は?
すがちゃんさんは、公式な家族構成としては「ひとりっ子」として育ちました。
しかし、破天荒なお父さんには、なんと「腹違いの兄弟」が他にも7人ほどいるらしいのです。
すがちゃんさんはこれを「ドラゴンボール式で、全員集めると願いが叶うと言われている」と冗談めかして語っています。
自分がお父さんにとって一番の息子だと思っていたところに、同じくらい愛されている「1軍の息子」の存在を知った時は衝撃を受けたそうです。
複雑な事情ではありますが、それを「ダークホース現る」と笑いに変えられるのが彼の凄さですよね。
血の繋がった兄弟が世界のどこかにいるという事実は、彼にとってどんな感覚なのでしょうか。
すがちゃん最高No.1|学歴(出身高校・大学)は?
高校は地元・山形県にある私立の「山形学院高等学校」を卒業しています。
偏差値は45?47程度のキリスト教系のミッションスクールで、彼はそこで「帰宅部」として過ごしていました。
当時は「他薦に見せかけた自薦」でジュノン・スーパーボーイ・コンテストに応募するなど、チャラ男の片鱗を見せていたようです。
実は高校2年生の時にはすでにバラエティ番組の制作に興味を持っており、クリエイティブな道を見据えていました。
高校卒業後は大学には進学せず、東京の「日本工学院専門学校」へ進学しました。
専門学校時代には通販番組のADを経験するなど、今の芸風に繋がるエンタメの基礎を現場で学んでいったのです。
すがちゃん最高No.1|出身中学・小学校は?
中学校は、山形市内の公立校である「山形市立第四中学校」に通っていました。
部活動はバドミントン部に所属しており、学校では一人暮らしであることを隠して過ごしていたそうです。
友達の家でお母さんが家事をしている姿を「盗み見て」家事スキルを習得したというエピソードは、切なくも彼の逞しさを感じさせます。
小学校については具体的な校名は公表されていませんが、学区から「鈴川小学校」「東小学校」「千歳小学校」のいずれかではないかと言われています。
小学生の頃は、お父さんが連れてきた見知らぬ女性と子供に家を乗っ取られそうになる「家取り戦争」を経験するなど、多難な日々を送っていました。
それでも、おじいちゃんがその窮地を救ってくれたことが、彼の中での大きな誇りになっているようです。
まとめ
すがちゃん最高No.1さんの軌跡を辿ってみると、そこには「不運」を「自分だけの物語」へと昇華させる圧倒的な強さがありました。
3歳での母との別れ、中学からの孤独な一人暮らし、そして破天荒すぎるお父さんとの絆。
彼が放つ一言一言の裏には、月明かりの下で独り泣いた夜の静寂と、それでも笑い続けようとした強い意志が込められている気がします。
Wikipediaには書ききれないような、泥臭くて、でもキラキラした彼の人間性に、僕は同じ30代として強く勇気づけられました。
これからも「最高No.1」な彼の姿を、僕たちも全力で応援していきましょう。
人生という舞台の主人公は、いつだって自分自身なのだということを、彼はその生き様で証明してくれています。
