今朝の放送を終えて、今もなお胸の奥が震えるような、そんな言いようのない余韻に浸っているのは僕だけではないはずです。
連続テレビ小説「ばけばけ」もついに最終週を迎え、僕たちの愛したレフカダ・ヘブンとの別れが、これほどまでに静かで、そして美しい形で描かれるとは想像もしていませんでした。
物語のモデルとなった小泉八雲とセツさんの最期を知ってはいたものの、映像として突きつけられたあの「30秒間の無音」は、朝ドラ史に残る演出だったと断言できます。
今回は、あまりにも濃密だった第122話の内容を、前回の振り返りから次回の予想まで、一人のファンとして、そして考察ブロガーとして徹底的に紐解いていきたいと思います。
ばけばけ(朝ドラ)122話までの振り返り
■歓喜から不穏な影へ…前回第121話の振り返り
物語の終着点が見えてきた第121話では、アメリカから届いた大きな荷物が松野家に最高の喜びをもたらしました。
箱の中身は、トキとヘブンが二人三脚で作り上げた渾身の著作『KWAIDAN(怪談)』の完成本でした。
家族全員が大はしゃぎでその出来を喜ぶ中、ヘブンだけはイライザから送られてきた厳しい書評を一人で受け止めていました。
「子供だまし」という残酷な評価に、作家としての自信を揺さぶられるヘブンの姿は、見ていて本当に忍びないものでした。
さらに追い打ちをかけるように、ヘブンは突然の胸の痛みに襲われ、自らの死を悟ったかのように遺言を書き始めます。
「自分の骨を入れるための小さな瓶を買った」とトキに告げるシーンは、冗談であってほしいと願わずにはいられない不穏な空気に満ちていました。
ばけばけ(朝ドラ)122話ネタバレあらすじ
■返り咲きの桜と、永遠の眠り。第122話の全貌
迎えた第122話は、冒頭から異例の演出で僕たちの心をざわつかせました。
いつも流れるはずの主題歌「笑ったり転んだり」も、賑やかなオープニング映像も一切なく、ただ作品タイトルだけが静かに映し出されたのです。
庭には季節外れの桜、いわゆる「返り咲き」が花を咲かせており、クマがそれを不吉な予兆として捉えるシーンから始まりました。
その桜を見つめながら、ヘブンは自分が初めて日本に来た日のことに想いを馳せていました。
食事の時間、ヘブンはトキに「魚の小骨を取ってほしい」と、かつて女中だったトキに頼んでいた懐かしいお願いをします。
「昔は毎日取っちょりましたもんね」と笑い合う二人の姿は、積み重ねてきた歳月の尊さを物語っているようでした。
夕暮れ時、西向きの部屋の縁側に座った二人は、燃えるような夕陽を眺めながら最後の語らいを始めます。
「自分が死んでも決して泣いてはいけない」と念を押すヘブンに対し、トキは「子供とかるたをして遊び、終わったらスキップをします」と、涙をこらえながら気丈に約束を交わしました。
「ナンボ、スバラシ」という言葉を最後に、ヘブンはトキの肩に頭を乗せ、そのまま静かに息を引き取ります。
その後、風に枯れ葉が舞い、約30秒間もの間、一切の音がないまま、二人の表情や握り合った手だけが映し出されました。
シーンが切り替わると、そこには雪の降る寂しい寺の墓前に、あの小さな瓶を置くトキの姿がありました。
葬儀にはサワや庄田も駆けつけ、庄田は亡き友・錦織の形見である帽子をヘブンの墓前に手向けました。
一人の母親として、そして妻として、静かに最期を看取ったトキでしたが、サワの前でだけは「取り乱す暇もなかった」と、堰を切ったように涙を流しました。
そして物語のラスト、ヘブンの死を知ったイライザがはるばるアメリカからトキを訪ねてくる場面で、幕は閉じました。
ばけばけ(朝ドラ)122話ネタバレ感想
■感情を揺さぶる「無音」と「骨取り」の深すぎる意味
今回の放送で、僕が最も心を打たれたのは、やはりあの30秒間の無音シーンです。
テレビ放送において30秒の無音は放送事故扱いになるリスクがあるそうですが、それでもあえてこの演出を選んだ制作陣の覚悟に震えました。
BGMで感情を煽るのではなく、静寂の中で視聴者一人ひとりに二人の歩みを回想させる時間は、どんな言葉よりも雄弁だったと感じます。
リハーサルでは「泣かない」と誓い合っていた高石あかりさんとトミー・バストウさんが、本番で自然と涙を流してしまったというエピソードも、二人の絆の深さを証明しています。
また、食卓での「魚の小骨取り」というささやかな行為が、これほどまでに切ない愛の確認になるとは思いませんでした。
かつて主従関係だった二人が、夫婦となり、そして生と死の境目に立つ時、最も自分たちらしい日常を再現しようとした姿に涙が止まりませんでした。
「返り咲きの桜」がヘブンにサヨナラを言うために咲いたというセリフも、怪談を愛した彼らしい、ロマンチックで少し寂しい演出でしたね。
ばけばけ(朝ドラ)122話からどうなる?
■イライザの激怒は何を意味する?次回以降の考察
さて、気になるのは明日、第123話からの展開です。
予告では、訪ねてきたイライザがトキに対して「激しい怒り」をぶつけるシーンが描かれています。
なぜ彼女は、最愛の友を亡くしたばかりのトキを責めるような態度を取るのでしょうか。
おそらく、アメリカでの『KWAIDAN』の評価が、ヘブンがかつて誇りにしていた新聞記者としての文体とはかけ離れた「幼稚なもの」と見なされていることが関係しているはずです。
イライザにとって、知性的だったヘブンが、学のないトキのために子供向けのような怪談を書き、結果としてアメリカでの名声を失ったように見えているのかもしれません。
しかし、ヘブンが最後に辿り着いたのは、名声ではなく「愛する人が読める本を書く」という純粋な幸福だったことを、トキはどう伝えていくのでしょうか。
通訳として立ち会う丈が、ヘブンの真意をイライザにどう伝えるのかも重要な鍵になりそうです。
また、トキが後悔の念から何も語れなくなるというあらすじも出ており、彼女がヘブンの死を本当の意味で受け入れ、前を向くまでの葛藤が描かれるのでしょう。
まとめ
第122話は、まさに「ばけばけ」という作品が描き続けてきた「この世はうらめしい、けれど、すばらしい」というテーマが凝縮された回でした。
ヘブンの最期は静かで、どこか温かく、まるで美しい夕陽の中に溶けていくような、スバラシい幕引きでした。
高石あかりさんの「取り乱せない」というセリフに込められた、母としての強さと妻としての深い悲しみの演技には、本当に脱帽するしかありません。
残りの放送回数はあとわずか3回。
ヘブンが遺した想いが、トキや子供たち、そして彼を愛した人々の心の中でどのように「化けて」いくのか、最後まで一瞬も見逃さずに見届けたいと思います。
