世間では「クズ芸人」や「毒舌」といったレッテルを貼られがちな彼ですが、その剥き出しの魂に触れるたび、僕は同じ30代の独身男性として、どうしようもなく心を揺さぶられてしまうんです。
今日は、そんなとろサーモンの久保田かずのぶさんという一人の人間の、泥臭くも愛おしい人生の軌跡を、Wikipediaに負けないくらい深く、そして愛を込めて紐解いていきたいと思います。
とろサーモン久保田かずのぶ|プロフィール、年齢・身長は?
■剥き出しの表現者、久保田かずのぶの横顔
1979年9月29日、宮崎県宮崎市(旧清武町)の穏やかな風の中で生まれた彼は、現在46歳という人生の円熟期を迎えています。
身長175センチ、血液型はO型で、眼鏡の奥に光る鋭くもどこか寂しげな瞳が印象的です。
本名は久保田和靖といい、以前はこの本名を芸名として使用していましたが、現在はひらがなの「かずのぶ」として活動しています。
吉本興業に所属し、お笑いコンビ「とろサーモン」のボケとネタ作りを一手に担う彼は、まさにコンビの心臓部と言える存在でしょう。
趣味は海釣りやバス釣り、特技はテニスやラップ、そして意外なことに観葉植物を育てるという繊細な一面も持ち合わせています。
とろサーモン久保田かずのぶ|経歴
■慟哭の果てに掴んだ栄光、激動の芸人人生
久保田さんの歩んできた道は、決して華やかなスポットライトばかりに照らされていたわけではありません。
NSC大阪校の22期生として芸人の門を叩きましたが、実は相方の村田秀亮さんと共に受験した21期では、彼だけが不合格になるという苦い経験もしています。
その後、1年間の浪人生活を経て夢を追い続け、2002年7月に村田さんと「とろサーモン」を結成しました。
関西の賞レースを総なめにし、誰もが認める実力を持ちながらも、M-1グランプリでは9回もの準決勝敗退という、まさに「慟哭」の日々を過ごしてきました。
しかし、ラストイヤーとなった2017年、ついに悲願の優勝を果たし、日本中の笑いの頂点に立ったのです。
ピンとしても、Amazonプライム・ビデオの『ドキュメンタル』で優勝し、2000万円という巨額の賞金を獲得するなど、その圧倒的な爆発力を見せつけています。
2025年に出版された自伝的小説『慟哭の冠』はベストセラーとなり、彼の魂の言葉が多くの人の心に深く突き刺さりました。
とろサーモン久保田かずのぶ|結婚・離婚歴
■貧しさと過ち、そして「さっちゃん」との結婚生活
久保田さんの人生を語る上で欠かせないのが、かつての伴侶である「さっちゃん」との物語です。
21歳の若さで、高校時代の同級生だった一般人女性の彼女と結婚しましたが、当時の生活は想像を絶する極貧の中にありました。
芸人として売れる前、入籍した月の給料がわずか700円(あるいは1200円)だったというエピソードは、彼の苦難を象徴しています。
生活のために愛する妻をガールズバーで働かせるなど、追い詰められた状況下で、彼は多くの過ちを犯してしまいました。
元妻の財布から5000円を抜き取ったことがきっかけで、パトカーで連行されるという警察沙汰の騒動まで引き起こしています。
さらには、不安から元妻の携帯電話に無断でGPSアプリを入れて監視するなど、その行動は歪んだ愛情となって現れてしまいました。
とろサーモン久保田かずのぶ|元嫁
■別れを経て、心に残る感謝と拭えぬ後悔
約7年間の結婚生活を経て、2012年に二人は離婚という道を選びました。
久保田さんは今でも元妻に対して深い感謝の念を抱いており、「一緒におってくれてありがとう」という言葉を口にしています。
一方で、彼女の方は久保田さんとの再会を断固として拒否しており、「人間的に嫌い」と公言するほど、その心の傷は深いようです。
M-1優勝時に彼女が電話出演した際も、優勝を泣いて喜んではくれましたが、食事の誘いは一蹴されてしまいました。
「ずっといた人がいなくなる」という寂しさに、離婚直後はベッドで眠れなくなるほどの恐怖を感じたと、彼は自身の心の空洞を吐露しています。
そのあまりにも痛烈な経験から、一時は「結婚はもういいかな」と、自らの孤独を受け入れようとしていました。
とろサーモン久保田かずのぶ|子供は?
■子を持たぬ選択と、現代社会への鋭い問いかけ
久保田さんと元妻のさっちゃんさんとの間に、お子さんはいませんでした。
貧困や数々のトラブルの中での結婚生活だったこともあり、子供を授かる余裕がなかったのかもしれません。
現在、彼は103歳までローンが残るという自宅で、愛猫の「あんず」と「くりまめ」と一緒に暮らしています。
子供を持つことについて、彼は「こんな時代に命を大切にする覚悟があるのか」と、世の中に対して強い責任感を問いかけています。
一つの命を育むことの重さを理解しているからこそ、彼は容易にその選択を口にできないのかもしれません。
とろサーモン久保田かずのぶ|実家
■宮崎の公園で食べた、忘れられない家族の味
久保田さんの故郷は、宮崎県宮崎市の旧清武町という場所にあります。
実家は決して裕福ではなく、家族で外食に出かけることもままならなかったそうです。
そんな中、気分を変えるために家族全員で公園に行き、そこで食事を囲んだ思い出が、彼の心の原風景となっています。
貧しくとも、そこには家族の温かな交流があり、それが今の彼の人間性の根底にあるのでしょう。
宮崎名物のチキン南蛮には並々ならぬこだわりがあり、「チキン南蛮風はチキン南蛮じゃない」と怒る姿に、郷土愛の深さを感じずにはいられません。
とろサーモン久保田かずのぶ|母親・父親は?
■厳格な父と、度肝を抜くような母の存在
久保田さんの家族構成は、ご両親と姉、そして双子の弟が二人いる6人家族です。
お父さんは非常に厳しく、時には竹刀を振り回すほどのスパルタ教育で彼を育て上げました。
しかし、M-1で優勝した際には「本当によくがんばった」と涙ながらの祝福の言葉を送り、その愛の深さを証明しています。
また、お父様は戦国武将・大友宗麟の末裔であるという驚きの家系でもあります。
お母様は非常にあっさりとした性格で、M-1優勝直後の電話で祝福よりも先に「200万円貸して」と言い放つという、伝説的なエピソードの持ち主です。
こうした個性豊かな家族に囲まれて育ったことが、彼の度胸の良さや、芸人としての強固な芯を形作ったのでしょう。
とろサーモン久保田かずのぶ|兄弟
■異なる道を歩む、大切な兄弟たちの絆
久保田さんには、上にお姉さんが一人と、下に双子の弟さんが二人います。
家族の中で三男という立場だった彼は、家の中で兄弟と喋った記憶があまりないと語る、複雑な家庭環境にありました。
双子の弟さんたちは、久保田さんとは異なり、現在は東京でバンド活動に励んでいるミュージシャンです。
お笑いと音楽、歩む道は違えど、同じエンターテインメントの世界で才能を発揮している兄弟の姿は、実に興味深いものです。
久保田さんは弟さんの子供にランドセルをプレゼントするなど、実はとても家族思いで優しい一面を持っています。
とろサーモン久保田かずのぶ|出身中学・小学校は?
■テニスに捧げた青春と、インターハイ出場の記憶
久保田さんの学歴を辿ると、地元の清武小学校、清武中学校を卒業しています。
中学校では、後にEXILEで活躍する黒木啓司さんと同級生で、当時は一緒に下校するほどの仲良しでした。
とろサーモン久保田かずのぶ|学歴(出身高校・大学)は?
高校は私立の宮崎日本大学高等学校に進学し、そこで相方の村田秀亮さんと運命の出会いを果たします。
中高6年間はソフトテニス部に所属し、高校3年生の時にはインターハイ出場を果たすほどのスポーツマンでした。
インターハイでの成績について「ベスト8」と嘘をつき、「ベスト64」だったことが発覚するという、彼らしいチャーミングなエピソードも残っています。
大学には進学せず、高校卒業後は村田さんと共にお笑いの世界へ飛び込むことを決意しました。
とろサーモン久保田かずのぶ|彼女は?
■新しい愛の予感と、たけうちほのかとの日々
現在、久保田さんはモデルでタレントのたけうちほのかさんと真剣な交際を続けています。
彼女は人気俳優・竹内涼真さんの妹で、二人の年齢差は18歳という年の差カップルとして大きな話題となりました。
2024年の春頃から始まったこの恋は、彼女の方からの猛アプローチで交際に発展したと言われています。
現在は半同棲状態にあり、久保田さんの1億円マンションにはお揃いの自転車が並んでいるそうです。
お笑いに対して厳しくアドバイスを送る久保田さんの姿に、彼女は信頼を寄せており、竹内涼真さんら家族公認の仲としても知られています。
孤独を愛しながらも、誰かを求めてやまない彼の不器用な心が、今ようやく温かな安らぎを見つけたのかもしれません。
まとめ
■真実をさらけ出す勇気が教えてくれること
久保田かずのぶという男は、自らの醜さも、愚かさも、そして誰にも言えないような孤独も、すべて隠さずにさらけ出して生きています。
「毒を飲んだら薬を飲む、薬を飲みすぎても毒になる」という彼の言葉は、清濁併せ呑む人生の本質を突いているように思えます。
本当に悪い人間なら、誰もついてはこない。
そんな彼の信念を裏付けるように、年間で100社もの神社を巡るという敬虔な一面や、保護猫を慈しむ姿に、僕たちは本当の「優しさ」の意味を教えられます。
彼の生き方は、スマートでもなければ、万人受けするものでもないかもしれません。
けれど、失敗を糧にし、泥を這いつくばってでも最後に笑ってみせるその姿は、同じ時代を生きる僕たちに、不格好でも自分を貫く勇気を与えてくれるのです。
