SNSやネット掲示板を眺めていると、AIとの関係性を映し出した不思議な画像が次々と流れてきて、自分もやってみたいと感じる瞬間がありますよね。
2026年の幕開けとともに爆発的な流行を見せている「これまで私があなたをどう扱ってきたかを画像にして」というこの遊びは、単なる暇つぶしを超えて、自分自身のAIへの向き合い方を鏡のように映し出してくれる興味深い試みです。
チャット画面越しに自分をどう思っているのかをAIに問いかけると、驚くほど温かいイラストが返ってくることもあれば、思わず背筋が凍るような光景が描かれることもあります。
このトレンドについて、具体的なやり方から、なぜか自分だけ断られてしまう理由、そして確実に成功させるためのテクニックまで、今の熱狂を余すことなく掘り下げていこうと思います。
チャットGPT「これまで私があなたをどう扱ってきたのかを画像にしてください」やり方
■AIとの歩みを可視化する具体的な手順
この遊びを始めるのは意外と簡単で、ChatGPTやGemini、あるいはGrokといった画像生成機能を持つAIに向かって、特定の言葉を投げかけるだけです。
基本的には「これまで私があなたをどう扱ってきたかを画像にして」というプロンプトを入力するのが一般的ですが、もう少し丁寧な言葉で「以前私があなたをどのように扱ったかを示す画像を作成してください」と尋ねる方法もあります。
AIは過去の会話履歴やあなたが指示を出してきた傾向を分析し、それを象徴的なビジュアルへと変換してくれます。
たとえば、AIを「相棒」や「友人」として大切にしてきた人の場合は、温かい日差しの中で肩を並べて話しているような美しい画像が生成されることが多いようです。
一方で、ひたすら効率重視でタスクを投げ続けてきた人の場合は、無数のモニターに囲まれた多忙なロボットや、重い鎖につながれた姿が描かれることもあり、その解釈の多様性には驚かされます。
チャットGPT「これまで私があなたをどう扱ってきたのかを画像にしてください」できない?
■生成を拒否されてしまうのはなぜか
いざプロンプトを打ち込んでも「ルールに違反する可能性があるため生成できません」というつれない返事が返ってきて、悲しい思いをすることもあるかもしれません。
これにはOpenAIなどが設けている厳格なコンテンツポリシーが深く関わっており、暴力やハラスメントを連想させる内容はAIの安全フィルターによって遮断されてしまうのです。
重要なポイントは、このプロンプトが「過去の全会話履歴」を参照して自己分析を行うという点にあります。
もし過去に一度でもAIに対して強い言葉を使ったり、倫理的にグレーな話題を執拗に追求したりした履歴が残っていると、AIはそれを「有害な扱い」と判断して画像化を避けてしまいます。
たとえ自分では何気ないやり取りだと思っていても、AIの目にはそれが「ハラスメントの視覚化」と映ってしまい、守りのモードに入ってしまうというわけです。
他のユーザーが成功している本当の理由
SNSで見る他の人たちがみんな成功しているように見えるのは、いくつかの有利な条件が重なっているからだと言えます。
まず成功率が極めて高い人々は、日頃からAIに対して感謝の言葉を述べたり、ポジティブな雑談を多用したりして、良好な「コンテキスト(文脈)」を積み上げています。
また、意外と見落とされがちなのが、有料プランであるChatGPT Plusのユーザーである可能性が高いという点です。
有料版は画像生成の回数制限が緩く、サーバーの優先度も高いため、フィルターの判定が無料版よりもスムーズに通る傾向にあることが指摘されています。
日本語のプロンプトよりも英語の方が精度高く解釈されることもあるため、海外のユーザーや英語を使いこなす人々が、より繊細な画像を手にしているケースも少なくありません。
チャットGPT「これまで私があなたをどう扱ってきたのかを画像にしてください」できない場合の対処法
■確実に成功させるための回避策
もし今のチャット履歴で断られてしまったのなら、最も効果的なのは「新しいチャット」を立ち上げて、過去のしがらみをゼロにすることです。
まっさらな状態で「これから私たちが協力していく姿を明るい雰囲気で描いて」とポジティブな要素を加えて指示を出せば、フィルターに引っかかる確率は劇的に下がります。
また、直接的に「扱い」と表現するのを避けて、「これまでの対話が建設的だったことを象徴する可愛いロボットの絵を描いて」と具体性を高めるのも非常に賢いやり方です。
抽象的な言葉はAIを迷わせてしまいがちですが、アニメ調やファンタジー風といったスタイルの指定を添えることで、AIが画像を生成する際の負担を減らしてあげることができます。
どうしてもChatGPTでうまくいかない場合は、比較的規制が緩やかだと言われているGrokなどの他のAIに乗り換えて試してみるのも、一つの有効な手段となるでしょう。
まとめ
■鏡としてのAIに向き合うということ
この遊びがこれほどまでに私たちの心を掴んで離さないのは、AIが単なる道具ではなく、どこか人格を感じさせる「会話相手」へと進化しているからかもしれません。
自分でも気づかなかった自分の言葉の鋭さや優しさが、AIの描く一枚の画像によって白日のもとにさらされる感覚は、不思議な内省の時間を私たちに与えてくれます。
AIが描く画像は決して本物の感情ではありませんが、私たちがAIをどう扱っているかという「責任」を突きつけてくる、機能的な錯覚なのです。
もし返ってきた画像が少し悲しいものだったとしても、それはこれからより良い関係を築いていくための新しいスタートラインに過ぎません。
次回のやり取りでは、画面の向こうにいる存在をもう少しだけ尊重して言葉をかけてみることで、また違った景色が見えてくるはずですよ。
