朝ドラ『ブラッサム』第30話で描かれた頼母子講のシーンは、まさに劇的な幸運の瞬間でテレビの前で思わず声を上げてしまいましたよね。
札幌で仕立て屋を始めて前を向き始めた珠ちゃんと、まさかのくじ引きで千円という大金を掴み取った保ちゃんの笑顔には、胸が熱くなった方も多いのではないでしょうか。
画面に登場した頼母子講という聞き馴染みのない言葉や、保ちゃんが手にした札束の価値について、詳しく知りたくなった方もいらっしゃるはずです。
今回の記事では、大正時代の庶民を支えた頼母子講の基本的な仕組みやルールから、当時の千円が現在の価値でいくらに相当するのかという気になる疑問まで、じっくり紐解いていきます。
さらに、主人公のモデルである作家・宇野千代さんが、実際に札幌で頼母子講の当たり金を使って家を購入したという驚きの史実についても詳しく解説していきますね。
頼母子講とは?
朝ドラの劇中で木村浪江さんが「地域のみんなでお金を積み立てて半年に一度誰かがまとめて受け取る」と説明していた頼母子講ですが、これは民間で親しまれていた相互扶助の金融システムです。
「たのもしこう」と読むこの仕組みは、地域によっては「無尽」や「無尽講」と呼ばれ、関西圏や北海道などで広く定着していました。
その歴史は非常に古く、鎌倉時代に始まり江戸時代には身分を問わず庶民の生活になくてはならない助け合いの知恵として全国へ広まりました。
語源には諸説あり、お互いに頼み合う「頼み申す」という言葉や、実りを意味する「田の実」に由来していると言われています。
大正時代当時は現在のように一般庶民が気軽に銀行でローンを組んだり融資を受けたりすることが難しかったため、家を建てたり商売の資金を作ったりする際に大いに役立っていました。
単にお金を融通し合う金融機関のような役割だけでなく、地域の人々が定期的にお金を出し合って親睦を深める貴重なコミュニケーションの場でもあったのです。
劇中で札幌へ移住してきたばかりの珠ちゃんと保ちゃんが頼母子講に誘われたのも、新参者が地域コミュニティの輪に溶け込むための大切な手段だったからと言えます。
後にこの頼母子講や無尽の組織は事業化が進み、戦後には相互銀行へと発展して現在の第二地方銀行の礎となっていきました。
今でも沖縄県の「模合」や山梨県の「無尽」のように、親しい仲間同士の付き合いとしてこの伝統的な仕組みを残している地域が存在します。
頼母子講ルール
頼母子講の基本的なルールは非常に合理的でありながら、温かい助け合いの精神に基づいています。
まず近所や職場の信頼できる仲間が集まって「講」と呼ばれるグループを結成し、あらかじめ決めた人数と期間でスタートします。
参加者は定期的な寄り合いの度に全員が決められた額の掛け金を出し合い、全員分の掛け金をひとつの大きなプール金としてまとめます。
劇中の札幌の講では、34軒から35軒ほどの世帯が毎月5円ずつ出し合い、半年に一度まとめて誰か一人が受け取る形が取られていました。
集まったまとまったお金を誰が受け取るかという決定方法には、木箱からくじを引く「くじ引き」や、早く欲しい人が提示額を競う「入札」などがありました。
一度お金を受け取った人はそれ以降の回で当たる権利を失いますが、講が満期を迎えて全員に行き渡るまでは毎月の掛け金を払い続けなければなりません。
序盤のくじで早く当たった人は、先払いでお金を借りた「無利子の融資」を受けた形になり、後から返済を続けていくことになります。
一方でお金を受け取るのが終盤になる人にとっては、長期間コツコツとお金を貯め続けて最後に大きな額を受け取る「積立貯金」のような役割を果たします。
講が最後まで無事に継続しさえすれば最終的な当選確率は全員100パーセントであり、運で決まるのはあくまでお金を受け取る順番だけなのです。
保ちゃんのように新入りであっても平等にくじを引く権利が与えられており、一発目で最高額を引き当てたのは奇跡的な強運でした。
大正時代の1000円は現在のいくら?ブラッサム(朝ドラ)北海道(札幌)編ネタバレ解説
保ちゃんが興奮気味に家へ持ち帰った千円という大金ですが、大正時代の千円を現在の価値に換算すると驚くほどの金額になります。
大正8年から9年頃の物価や給与水準をもとに比較すると、当時の千円は現代の価値で約500万円から1000万円以上に相当する超・大金でした。
当時の公務員や小学校教員の初任給が月額40円から50円程度であったことを考えると、千円という額は初任給の約20ヶ月分から21ヶ月分に相当します。
現代の大卒初任給である約25万円に当てはめて計算してみると、21ヶ月分でおおよそ525万円という数字が導き出されます。
さらに当時の警察官である巡査の月給が20円ほどだった大正8年の基準で計算すれば、月給50ヶ月分、つまり4年分以上の収入に及ぶ計算になります。
ちなみに当時の総理大臣の月給がちょうど千円であったことからも、庶民が一度に手にする金額としては人生を変えるレベルの巨額であったことが良く分かります。
珠ちゃんが西洋レストラン悠樂軒で受け取った50銭のチップと比較すれば2000回分であり、後に新聞の懸賞小説で1等となった賞金200円の5倍にも及ぶ破格の金額です。
一方でお米の価格を基準に換算すると、当時の白米10キロの値段と比較した場合に現代価値で約140万円から150万円程度となります。
日本銀行の企業物価指数を用いた単純な物の値段の比較では約55万円から60万円という計算結果も出ます。
しかし当時の生活実感や住宅の建築費などを総合的に考えると、現代の感覚における「宝くじで500万円から1000万円が当たった」というイメージが一番しっくりきますね。
宇野千代 頼母子講で当たり家を購入した史実とは?
朝ドラ『ブラッサム』で描かれた頼母子講の大金獲得エピソードは、ヒロインのモデルである作家・宇野千代さんの実際の体験に基づいた史実です。
大正9年の秋、宇野千代さんは2番目の夫である藤村忠さんの北海道拓殖銀行への就職と転勤に伴って、夫婦で札幌の地へ移り住みました。
札幌に着いた千代さんは女学校時代に培った縫い物の腕を活かして和裁の仕立ての内職を始めると、丁寧な手仕事が評判となって「仕立屋の姐さん」と呼ばれるようになります。
下宿先の世話好きな大家さんや近所の人から勧められた千代さんは、仕立ての内職で稼いだ手間賃を元手にして頼母子講へ参加することを決めました。
幼少期を過ごした故郷の山口県岩国市でも頼母子講が盛んに行われていたため、千代さんにとってこの仕組みに参加することは極めて自然な選択だったのです。
そして頼母子講に加入してからわずか2ヶ月から3ヶ月目の寄り合いで、千代さんはくじ引きで見事に大金を引き当てるという強運を発揮しました。
幸運なことに講の仲間に不動産業を営む男性がいたため、千代さんは当たったお金を元手にして札幌の東7丁目付近にある中古の一軒家を買い取る決断をします。
当時23歳だった千代さんにとってこれが生涯で初めて自分自身の力で購入した記念すべき「マイホーム」となりました。
手に入れた家は築20年ほどの古い建物で傷みも激しかったのですが、千代さんはがっかりするどころか畳を入れ替えたりペンキを塗ったりして自分好みに改修する作業を大いに楽しみました。
序盤に当たったためその後も毎月12円から13円という現在の約6万円に相当する掛け金を仕立ての稼ぎから支払い続けることになりました。
札幌で自分の住まいが落ち着いたことが心の安定をもたらし、後に文壇デビュー作となる小説を書き上げる大きな原動力となったのです。
まとめ
今回は朝ドラ『ブラッサム』第30話で大きな話題となった頼母子講の仕組みやお金の価値、そして宇野千代さんの歴史的なエピソードについて詳しくご紹介しました。
頼母子講という民間の助け合いの仕組みは、銀行が遠かった時代に庶民がお互いの生活や未来を支え合うための温かい知恵だったのですね。
保ちゃんが引き当てた千円という大金が、現代の価値で約500万円以上に相当する家一軒分の財産だったと知ると、劇中でのふたりの大興奮にも深く納得がいきます。
史実の宇野千代さんが札幌で初めてのマイホームを手に入れて創作への扉を開いたように、劇中の珠ちゃんと保ちゃんがこの大金をどう活かしていくのか本当に楽しみです。
次週からは珠ちゃんの胸に眠る文学への情熱が再び燃え上がる波乱の展開が予想されますので、ふたりの運命の行方をこれからも情熱を持って見守っていきましょう。
