高速道路のサービスエリアでトイレに入ったとき、ふと鍵の形に「なんだこれは!」と驚いた経験はありませんか?
テレビ番組『アンビリバボー』でも取り上げられてSNSで大反響を呼んだ、NEXCO東日本北海道支社が生み出した「絶対に忘れ物をさせないトイレのトレイ」が今まさに注目を集めています。
旅の途中でスマートフォンやお財布をトイレの個室に置き忘れてしまい、車を出してから冷や汗をかいた経験がある方は決して少なくないですよね。
実はあの超絶グッドデザインなトレイには、私たちの日常のうっかりミスを物理的にゼロにしてしまう驚くべき仕組みと深い設計思想が隠されているんです。
今回は、なぜあのトレイが生まれたのか、どれほどの劇的な効果をもたらしたのか、そして私たちの日常にも応用できる「フールプルーフ」という考え方まで、どこよりも詳しく丁寧に掘り下げて解説していきますね。
絶対に忘れ物をしないトイレのトレイとは?|NEXCO東日本北海道支社
■「忘れ物防止トレイ」とは?
「忘れ物防止トレイ」とは、高速道路のサービスエリアやパーキングエリアのトイレ個室において、ドアの内鍵(打掛錠)と小物置きトレイを完全に一体化させた画期的なアイデア製品です。
個室に入ってドアの鍵をくるりと回して施錠すると、鍵のノブ部分そのものが幅170ミリ、奥行き90ミリほどの平らなアルミ製トレイへと変身します。
トイレに入った利用者は、ズボンのポケットから出したスマートフォンや長財布、鍵などを、自然な動作でそのトレイの上に置くことになります。
そして用を足し終わり、個室の外へ出ようとして鍵を開けようと回転させると、トレイの上に置いた荷物が障害となってそのままでは鍵を解除できない構造になっているのです。
もし荷物を置いたまま無理に鍵を回そうとすれば荷物が手に触れたり傾いて落ちたりするため、どんなにボーッとしていても絶対に忘れ物に気づく仕組みになっています。
さらにトレイのすぐ横には傘をかけられるフックもセットで配置されており、雨の日に置き忘れがちな傘までも視界に入れて防止してくれる優れものです。
私自身、初めてこのトレイの写真を見たとき、「注意書きの張り紙を100枚貼るよりも、人間が必ず行う『鍵を開ける』という動作に回収を組み込む発想が完璧すぎる」と震えるほど感動してしまいました。
「忘れないように気をつける」という人間のあやふやな注意量に頼るのではなく、構造そのものが忘れ物を許さないデザインになっている点が本当に見事ですよね。
絶対に忘れ物をしないトイレのトレイ「忘れ物防止トレイ」開発の経緯
この画期的なトレイが誕生した背景には、高速道路を管理する現地スタッフの方々の想像を絶する苦労と深刻な悩みがありました。
当時、NEXCO東日本北海道支社の室蘭管理事務所の管轄内では、SAやPAのトイレ個室における置き忘れ事故が年間約90件も発生していました。
全高速道路のトイレで発生する忘れ物のうち、実に6割以上がスマートフォンや財布といった貴重品レベルの小物類で占められていたのです。
貴重品の忘れ物が見つかると、管理事務所の職員やパトロール隊は持ち主が引き取りに来るまで厳重に保管・対応しなければなりませんでした。
しかも北海道は土地が非常に広大であり、例えば室蘭管理事務所から最も遠い八雲パーキングエリアまでは片道約150キロ、往復で約4時間もかけて走らなければならず、職員の方々に甚大な業務負担がかかっていたのです。
こうした現場の悲鳴を聞いたNEXCO東日本の施設担当者・小泉さんたちは、「張り紙などの注意喚起では限界がある、何とか仕組みそのもので現場を救えないか」と立ち上がりました。
当初は個室内に単なる小物入れの棚を設置してみたものの、そこをごみ箱代わりにされてしまったりしてうまく機能しませんでした。
そんな折、当時の副支社長がプライベートで回転させると置き場所が生まれる機構を目にし、「これをトイレの鍵に応用できないか」と提案がなされたのです。
NEXCO東日本のトイレは有事の際に外から救出できるよう「打掛錠(回転させてロックする鍵)」で統一されていたため、この回転動作と小物置きを連動させるアイデアが一気に具体化しました。
小泉さんたちは建築金物メーカーである株式会社ベストに協力を依頼し、共同開発をスタートさせました。
荷物を置いたときの強度やガタつきを抑えるため、ステンレス製や樹脂製など様々な材質で施錠テストを繰り返し、実に4回目の試作で現在の耐久性に優れたアルミ製トレイを完成させたのです。
こうして2017年9月に有珠山サービスエリアで試作品が設置され、劇的な効果が確認されたことから、2018年より本格的な導入が始まりました。
自分の担当業務の枠を超えて「現場で働く清掃員さんやスタッフの負担を減らしたい」という小泉さんたちのひたむきな思いが、この世界に誇る大発明を生み出したストーリーには胸が熱くなりますね。
絶対に忘れ物をしないトイレのトレイの効果
「忘れ物防止トレイ」がもたらした実際の効果は、関係者自身も驚くほどの圧倒的な数字となってあらわれました。
開発初期に試作品を設置した有珠山サービスエリアでは、設置前9ヶ月間で7件あった忘れ物が、設置後9ヶ月間にはわずか2件へと激減しました。
さらに室蘭管理事務所管内の5つの休憩施設で実施された本格調査では、設置前の約半年間で合計54件あったスマートフォンや財布の忘れ物が、設置後にはなんと「ゼロ(0件)」という前代未聞の完全ゼロを達成したのです!
それまで月に平均10件近く発生していた小物類の置き忘れが見事に消え去り、忘れ物の回収や確認に追われていたスタッフの対応時間も半分以下へと大幅に削減されました。
この脅威的な実績が話題となり、NEXCO東日本北海道支社管内の全SA・PAへ全室展開されただけでなく、関東地域の保土ヶ谷PAや市原SAなど全国の高速道路へと導入が広がっていきました。
現在ではNEXCO東日本グループ内だけで2,700台以上、他道路会社や駅、パチンコ店などの民間施設も含めると合計4,000台以上が導入される大ヒット商品となっています。
「グッドトイレ選奨」を受賞するなどデザイン界や防災界からも高い評価を受け、テレビ番組『アンビリバボー』を筆頭に数多くのメディアで絶賛されました。
数字の成果はもちろん素晴らしいですが、私が何より感銘を受けたのは「現地で毎日掃除をしてくれている清掃員の方々の負担とストレスを劇的に減らした」という点です。
表舞台には立ちにくい現場の働く人々をテクノロジーとデザインで救った貢献度は、計り知れないほど大きいと感じます。
「フールプルーフ」と呼ばれるミス防止の設計思想
この素晴らしい忘れ物防止トレイの背景にあるのが、安全工学やデザインの世界で「フールプルーフ(Foolproof)」と呼ばれる設計思想です。
フールプルーフとは、「人間は疲労や焦り、注意不足によって必ず操作ミスや勘違いをする生き物である」という前提に立った考え方です。
利用者の注意深さや記憶力に期待して「気をつけましょう」と呼びかけるのではなく、最初から間違った操作ができない構造や、誤操作をしても危険・損失が発生しない構造をあらかじめ組み込んでおくのが本質です。
ちなみに似た言葉に「フェールセーフ」がありますが、フェールセーフは「機械やシステムが故障したときに安全側に倒す仕組み(例:停電時に最寄り階で止まるエレベーター)」を指すため、人のミスを防ぐフールプルーフとは明確に区別されます。
実は、私たちの身の回りにもフールプルーフの傑作デザインがたくさんあふれています。
例えば電子レンジは、扉を完全に閉めないと加熱が始まらず、途中で扉を開けると瞬時に動作が停止します。
自動車のAT車も、シフトレバーを「P」に入れてブレーキを踏まなければエンジンがかからないようになっており、誤発進を物理的に防止しています。
全自動洗濯機も脱水中の高速回転時に蓋が開かないようロックがかかりますし、スマホのSIMカードの角が削られているのも逆向き挿入を防ぐフールプルーフです。
高速道路のトイレトレイは、「個室から出るには鍵を開けなければならない」という避けて通れない物理的プロセスに「荷物の回収」を完璧に組み込んだ、まさにフールプルーフの極致と言えます。
日常の仕事やプライベートで何か失敗をしたとき、「自分の不注意だ」と自分を責めて意気消沈してしまうことはありませんか?
しかしフールプルーフの思考を学ぶと、「責めるべきは自分の意志の弱さではなく、ミスが発生してしまう仕組みそのものだ」と視点を切り替えることができます。
自分の部屋の鍵の置き場所やスマートフォンの置き場を物理的な動線上に配置するなど、私達も日常にフールプルーフを取り入れることで、うっかりミスのストレスから解放されるようになりますよ。
まとめ
今回は、NEXCO東日本が生み出した「絶対に忘れ物をさせないトイレのトレイ」と、その根底にある「フールプルーフ」の設計思想について熱く語らせていただきました。
単に便利なグッズというだけでなく、現場で困っていた清掃員やスタッフの声に耳を傾け、試行錯誤の末に生み出された情熱の結晶であることがよく分かりますよね。
「人間はミスをするものだ」という謙虚な前提に立ち、仕組みの力で人をそっと守るデザインの優しさには本当に心を打たれます。
もし皆さんも高速道路のドライブ中にサービスエリアのトイレに立ち寄ることがあったら、ぜひあの巨大な鍵とトレイを手にとって、開発者たちの知恵と優しさを体感してみてくださいね。
この記事が、皆さんの日々の「うっかりミス」を減らし、少しでも快適な毎日を送るヒントになればこれほど嬉しいことはありません。
