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早稲田大学商学部入試問題漏洩事件【仰天ニュース】

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テレビ番組「ザ!世界仰天ニュース」で、かつて日本を震撼させた驚愕の事件が紹介され、2026年現在もSNSやネット掲示板で大きな注目を集めていますね。

日本の私立最難関の一つ、早稲田大学の商学部で実際に起きたこの入試問題漏洩事件は、単なるカンニングの域を超えた、組織的な「裏口入学」の闇を浮き彫りにした歴史的なスキャンダルです。

入試の公平性を信じて必死に勉強していた受験生たちを裏切るような行為が、まさか大学の内部から行われていたなんて、今考えても背筋が凍る思いがします。

このブログでは、当時の熱狂と絶望を詳細に振り返りながら、事件の全貌から悲劇的な結末までを徹底的に掘り下げていきます。

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早稲田大学商学部入試問題漏洩事件の概要【仰天ニュース】

■早稲田大学商学部入試問題漏洩事件の概要

この事件は、1980年(昭和55年)2月24日に行われた早稲田大学商学部の一般入学試験において、試験問題が事前に外部へ漏洩していたことが発覚したものです。

当時の商学部は、定員約1,100名に対して約23,000名もの受験生が殺到する超激戦区で、まさに「受験戦争」の象徴のような場所でした。

合格すればエリートコースが約束される一方で、その門は極めて狭く、多くの若者が人生をかけて挑んでいた試験だったのです。

しかし、その舞台裏では、一部の特権的な親子が数千万円という大金を投じて、不正なルートから合格を買い取っていました。

最終的には、当時の不正合格者だけでなく、過去に遡った調査によって計55名もの在学生や卒業生が入学取り消し・学籍抹消処分を受けるという、前代未聞の事態へと発展しました。

正直なところ、努力が報われると信じている多くの受験生にとって、これほど残酷なニュースはありませんよね。

早稲田大学商学部入試問題漏洩事件の発覚経緯

■発覚の経緯:信じられない偶然の連鎖

事件が明るみに出たきっかけは、試験当日に監督官として立ち会っていた現役の早大生たちの鋭い洞察力でした。

試験開始直後、問題を配布していた学生たちは、ある強烈な違和感に襲われます。

なんと、試験問題の内容が、彼らが試験の12日前に都内の学習塾から依頼されて作成した「解答速報」用の問題と、一字一句違わず酷似していたのです。

学生たちは、自分たちがアルバイトとして解かされた問題が、実は漏洩した本物の入試問題であったことに気づき、すぐさま教職員に報告しました。

もし、模範解答の作成が当初の予定通り国公立大学の学生に依頼されていたら、この不正は永遠に闇の中に消えていたかもしれません。

さらに同時期、毎日新聞社にも匿名でのタレコミがあり、記者たちが極秘裏に大学理事や予備校への独自調査を進めていました。

合格発表前日の3月6日、毎日新聞が一面トップで「早大で入試問題漏れる」と報じたことで、疑惑は決定的な事実となりました。

ドラマのような展開ですが、これが現実の大学で起きていたと思うと、当時の関係者の動揺は計り知れません。

早稲田大学商学部入試問題漏洩事件の手口

■漏洩の手口:大胆かつ巧妙な内部犯行

この「裏口入学斡旋グループ」は、実は10年以上も前から大学内部で不正を繰り返していたと言われています。

1979年以前は、宿直の日に依頼された受験生の答案用紙を、あらかじめ用意した合格点以上のものと差し替えるという、非常に直接的な手口が使われていました。

しかし、1979年に実行役の職員が異動になったことでこの方法が使えなくなり、より大胆な「問題用紙そのものの盗み出し」へとシフトしたのです。

1980年の事件では、大学直営の印刷所に勤務する監視役の職員が、徹底した監視の目をかいくぐり、英語・国語・社会(日本史・世界史・地理B)の全科目の問題を盗み出しました。

印刷作業中、この職員は親戚の子供に見せるという名目で問題用紙を服の中に隠して抜き取り、一度個人のロッカーに保管しました。

厳戒態勢が解かれた後、問題を外部へ持ち出して大学職員へ手渡し、その報酬として500万円を受け取っていたのです。

抜き取られた問題は、元高校教諭のブローカーを経て学習塾に渡り、そこで作成された模範解答が「特別な受験生」たちに届けられました。

厳重なセキュリティを誇る印刷所からの流出は、まさに内部事情を知り尽くした者による裏切りだったと言えるでしょう。

早稲田大学商学部入試問題漏洩事件の関係者

■関係者と役割:学内に潜む不正のネットワーク

この事件の首謀者は、定年退職後に運輸会社に勤務していた元高校教諭の男性でした。

彼は保護者からの依頼を受け、大学内部に深く食い込んだ独自のネットワークを駆使して裏口入学を斡旋する「中心人物」として動いていました。

大学側では、50代のベテラン職員を含む複数のスタッフが、謝礼金の支払いと問題の受け取りといった実務を担当していました。

驚くべきことに、教育学部の市原康允教授もこの不正に介在しており、父母から各1,000万円もの謝礼を受け取り、浪人生に問題を見せていたことを認めました。

また、印刷所の係長は実際に問題用紙を物理的に盗み出すという、最もリスクの高い役割を担っていました。

教育者や大学運営を支えるべき立場の人々が、金銭欲に負けて不正の連鎖に加わっていたという事実は、現代の私たちが聞いても深い失望を感じざるを得ません。

裕福な家庭が子供の将来を金で買おうとし、それを仲介する人々が巨利を得るという構図は、極めて歪んだものでした。

早稲田大学商学部入試問題漏洩事件のその後

■その後:逮捕、大量処分、そして悲劇的な最期

1980年3月8日、警視庁は大学職員2名、元高校教諭、印刷所職員の計4名を窃盗容疑で逮捕しました。

大学側の対応も厳烈を極め、事件に関与した市原教授を解任し、商学部長や教育学部長も引責辞任に追い込まれました。

不正が判明した9名の合格が取り消されただけでなく、過去にまで遡った徹底調査の結果、すでに社会に出ていた卒業生を含む55名が学籍を抹消されました。

しかし、最も衝撃的だったのは、捜査の過程で発生した3名の最期です。

3月22日、疑惑の目を向けられたことに耐えかねた事務職員OBが、遺書に「早稲田大学万歳」と残して電車に飛び込みました。

さらに、不正に関与した疑いが濃厚とされた商学部教授や、潔白が証明されていたにもかかわらず精神的苦痛から世を儚んだ調査役の職員も命を絶ちました。

1981年の判決では、大学職員2名に懲役2年の実刑が下され、元教諭らには執行猶予付きの有罪判決が言い渡されました。

裏口入学という一つの過ちが、これほど多くの人々の人生と命を奪ったという事実は、あまりに重すぎます。

早稲田大学商学部入試問題漏洩事件の社会的影響

■社会的影響:失われた信頼と入試制度の改革

この事件は、日本の大学入試の「公正性」に対する国民の信頼を根底から覆しました。

学歴社会の頂点にある名門大学での不正は、教育界全体に深刻な打撃を与え、全国の大学で入試管理体制の抜本的な見直しが議論されるきっかけとなりました。

保管場所の二重施錠や複数名によるチェック、印刷工程のさらなる厳罰化など、現代の厳格な入試運営の礎はこの事件の反省から築かれたと言っても過言ではありません。

また、毎日新聞のスクープは、権力の闇を暴くジャーナリズムの成功例として評価され、1980年度の新聞技術賞を受賞しています。

時代は流れ、2024年にはスマートグラスを悪用したハイテクなカンニング事件が早稲田で発生するなど、不正の形は変化しています。

しかし、この1980年の事件が教えてくれるのは、どんなに時代が変わっても「近道」をしようとする欲望が、結局は自分や周囲を破滅させるという不変の教訓です。

公正であるべき試験が金や権力で汚されたとき、その代償は金銭では払いきれないほど大きなものになるのです。

まとめ

早稲田大学商学部入試問題漏洩事件は、内部職員と外部ブローカーが結託した、歴史に残る組織的犯罪でした。

試験官の学生が気づくという皮肉な発覚劇から始まり、刑事罰、大量の除籍処分、そして複数の自殺者という最悪の幕切れを迎えました。

この事件を振り返ると、改めて「正しい努力が報われる社会」の大切さを痛感します。

2026年の今、再びこの事件が注目されているのは、私たちがどこかで「公平性」の尊さを再確認したいと願っているからかもしれません。

受験生の皆さんが、曇りのない心で試験に臨める環境がこれからも守られることを切に願っています。

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