最高の肉体と知性を持つ男!高橋克典の知られざるルーツを徹底深掘り!
俳優・高橋克典さんって、いつ見ても本当にカッコいいですよね。
ワイルドな魅力と、どこか育ちの良さを感じさせる落ち着き、あの渋さはどこから来るんだろうって、僕もずっと思っていました。
ネット上でも高橋さんのルーツや学歴について探している人がすごく多いので、今回は彼の知られざる「お坊ちゃん時代」から「大ブレイク」までの道のりを、根掘り葉掘り掘り下げていきます。
知れば知るほど、彼の人生は波乱万丈で、逆境を乗り越えた熱いストーリーがあるんですよ。
ぜひ最後まで読んで、高橋さんの魅力を再発見してください!
高橋克典wiki|経歴
遅咲きで光を掴んだ芸歴とデビューのきっかけ
高橋克典さんと言えば、『サラリーマン金太郎』や『特命係長 只野仁』といった大ヒット作の主演のイメージが強いですが、実はブレイクしたのは35歳の時と、意外にも遅咲きなんです。
彼の芸能活動の原点は、何と言っても音楽にあります。
3歳からピアノの英才教育を受け、中学時代にはロックバンド「沙羅」を結成してボーカルを務めるなど、幼い頃から表現の世界に触れていました。
高校、大学とバンド活動に熱中し、音楽への情熱が尽きることはありませんでした。
やがて芸能界を目指し、大学時代には、なんと名優・上原謙さんの付き人のアルバイトを経験しています。
ところが、これがまあ、たった3日でクビになってしまうという、まさかの大失敗を経験してしまうんです。
失敗の理由は、ショーに出演していた主役級の大女優さんを、うっかり「お弁当屋のおばさん」と勘違いし、楽屋荒らしだと報告して現場を騒然とさせてしまったからだとか。
あの高橋さんがそんな不器用なミスをするなんて、想像するとちょっと可愛いですよね。
その後、フリーターとして金魚の餌やりなど様々なアルバイトをしながら、デモテープを送り続けた結果、25歳(1989年)でドラマ『さすらい刑事旅情編』で俳優デビュー。
さらに29歳(1993年)で「抱きしめたい」で歌手デビューを果たしますが、当初は端役が多く、長い下積み生活が続きました。
苦労の末、35歳で『サラリーマン金太郎』の主人公・矢島金太郎役を射止め、一気に国民的な人気俳優へと駆け上がったわけです。
諦めずに努力し続けた彼の粘り強さは、本当に尊敬します!
高橋克典|実家はお金持ち?
横浜・日吉の華麗なる音楽一家!高橋家の実家事情
高橋克典さんの実家は、神奈川県横浜市港北区日吉周辺にあったとされています。
日吉は慶應義塾大学のキャンパスがあり、古くから高級住宅地として知られる、閑静で文化的な環境が整ったエリアです。
実家が裕福だったと言われる理由は、彼の両親の経歴と、青山学院での一貫教育にあります。
まず、お父様は高橋勝司さんで、国立音楽大学作曲科を卒業した作曲家、指揮者、そして高校の音楽教師という音楽界のエリート。
そして、お母様は好子さんで、東京芸術大学を卒業した声楽家で、青山学院女子短期大学の名誉教授まで務めた才女です。
両親ともに音楽のプロで、3歳からピアノを習わせるなど、高橋家は文化的な豊かさと経済的な余裕があったことが分かります。
さらに、父方の実家は秋田県の地主の家系、母方の祖父は戦後アメリカ大使館に勤務していたという、華麗なるルーツを持っています。
まさに「お坊ちゃん」という言葉がぴったりな環境で育ったのですが、高橋さんの人生には大きな転機がありました。
小学校3年生の時、祖父が知人の保証人になったことで裏切られ、多額の借金を背負ってしまい、家庭の経済状況は一気に崩壊してしまいます。
それまで裕福だった家庭が、「もううちには1銭もお金がない」という状況になり、祖父母も病に倒れ、両親は働き詰めとなって高橋さんは「鍵っ子」になってしまったそうです。
高橋さんはこの逆境こそが自分の人生の始まりだと語っており、この時の経験が、現在の仕事や家族に対する真摯な姿勢の原点になっているのかもしれません。
高橋克典|家族構成、母親・父親は?
一人っ子で育った高橋克典の家族構成
高橋克典さんの実家の家族構成は、父、母、本人の三人家族で、兄弟姉妹はいません。
一人っ子として、音楽エリートである両親から惜しみない愛情と英才教育を受けて育ちました。
お父様の高橋勝司さんは、指揮者として横浜YMCA混声合唱団の指揮者を務めるなど、地域の音楽文化に多大な貢献をされた人物です。
戦時中は特攻隊員に志願した壮絶な過去を持ち、戦後に音楽の力で心を救われ、人生を音楽に捧げたというエピソードは、聞いているだけで胸が熱くなりますよね。
お母様の高橋好子さんは声楽家で、青山学院女子短期大学の名誉教授という高い地位におられました。
母思いの高橋さんは、2019年に亡くなったお母様の遺品整理をする際、なかなか手をつけられず、愛用していたピアノを見て初めて声を上げて泣いたというエピソードを明かしています。
両親が亡くなった今も、実家の片付けの最中に見つけた木彫りの鳥などを大切に保管しており、ご両親との深い絆を感じさせます。
高橋克典|高嶋ちさ子は親戚?
高嶋ちさ子は親戚?梅宮辰夫との驚きの血縁関係
「高橋克典さんと高嶋ちさ子さんは親戚なの?」と検索する人がすごく多いようですが、結論から言うと、お二人に血縁関係はありません。
ただし、お二人は同じ青山学院初等部から中等部を卒業した、大先輩と後輩の関係です。
高橋さんから見ると高嶋さんは4学年下で、高橋さんは小学生の頃から「とにかく乱暴なやつがいる」と噂になっていたことを記憶しているそうです。
一方、高嶋さんは高橋さんの高校時代を「青学一モテた」と証言しており、渋谷の青山トンネルが「克典トンネル」と呼ばれるほど待ち伏せする女子がいたというモテ伝説を披露しています。
しかし、高嶋さんとは親戚ではないものの、高橋さんには超大物俳優の親戚がいます。
それが、故・梅宮辰夫さんです。
高橋さんのお母様の祖母と、梅宮辰夫さんのお母様が姉妹という関係で、梅宮辰夫さんは高橋さんのお母様のいとこにあたります。
つまり、高橋さんから見ると梅宮辰夫さんは「いとこ違い」という遠い親戚にあたるのですが、高橋さんは幼い頃から梅宮さんを「辰夫おじさん」と慕っていました。
若かりし頃、高橋さんが梅宮さんに「俳優になりたい」と相談したところ、「そんな地味な顔では無理だ」と反対されたという笑えるエピソードもありますが、デビュー後は誰よりも応援してくれたそうです。
そして、高橋さんの代表作である『特命係長 只野仁』では、梅宮さんと共演を果たしています。
さらに、梅宮辰夫さんの娘である梅宮アンナさんとは、はとこ(再従妹)という関係になります。
高橋克典|学歴(出身高校・大学)は?
青学で育まれた青春!出身小学校・中学校
高橋克典さんの学歴は、驚くべきことに小学校から大学まで、一貫して青山学院で学んでいます。
これぞまさに、絵に描いたようなオール青学の「お坊ちゃん育ち」ですよね。
まず、出身小学校は青山学院初等部です。
初等部は偏差値59の私立の名門校で、受験を経て入学されています。
小学校時代から、音楽の英才教育を受ける一方で、ラグビー部に所属するなど、文武両道の片鱗を見せていました。
そして、出身中学校は青山学院中等部です。
中等部の偏差値は64と、こちらも難関です。
中学時代もラグビー部に所属し、汗を流す一方で、ロックバンド「沙羅」を結成してボーカルを担当するなど、音楽への情熱も爆発させています。
この頃は少しヤンチャな時期もあり、地元の仲間とバイクを乗り回していたという噂も流れています。
文武両道でありながらも、内面には反骨精神を秘めていたという、高橋さんの魅力的な人間性が形成された時期なのでしょう。
偏差値72!伝説のアーティストと出会った出身高校・大学
出身高校は青山学院高等部です。
青山学院高等部は偏差値なんと72という超高水準の高校です。
高等部時代も、ラグビー部に所属しながら、バンド活動に熱中していました。
この高校時代には、伝説のシンガーソングライター・尾崎豊さんと出会っているんです。
尾崎豊さんは高橋さんの1学年後輩にあたり、当時から仲が良かったといいます。
ある日、尾崎さんから「曲を作ったから聞いてほしい」と頼まれ、高橋さんが聞いたのが、後に名曲となる「15の夜」の未完成版だったというから、鳥肌ものですよね。
才能に溢れた後輩との出会いは、高橋さんの音楽人生に大きな影響を与えたことでしょう。
そして、出身大学は青山学院大学 経営学部に進学しています。
大学の偏差値も60(または63)と高く、そのままエスカレーター式に進学されました。
ところが、高橋さんは芸能活動に専念したいという思いから、何度も退学届を提出するのですが、これが一筋縄ではいきません。
なんと、大学の学生課の課長が、高橋さんが所属していたラグビー部のOBで、しかも母親(青山学院女子短期大学の名誉教授)と仲が良かったんです。
そのため、高橋さんが提出した退学届は、いつも受理されずに、お母様を通して家に送り返されていたという、微笑ましいエピソードが残っています。
結果的に高橋さんは27歳まで9年間も大学に在籍することになったのですが、最終的には中退し、芸能活動に専念することを決意しました。
まとめ
逆境を乗り越えた「特命俳優」の生き様
今回、高橋克典さんのルーツを深く掘り下げてみて、彼の魅力の背景には、裕福な家庭で培われた文化的素養と、祖父の借金による「家庭崩壊」という大きな逆境、その両方があることが分かりました。
小学校から大学まで名門・青山学院で学び、音楽に囲まれて育った華やかな生い立ちと、一転して鍵っ子となり、長い下積みを経験した苦労人としての顔。
この二面性こそが、彼の演技や歌声に深みを与え、『特命係長 只野仁』のようなハードボイルドな役柄から、朝ドラで見せた優しい父親役(『舞いあがれ!』)まで、幅広い役柄をこなせる「特命俳優」としての土台を築いたのだと思います。
親戚には憧れの梅宮辰夫さんがいて、高校の後輩には尾崎豊さんがいたという、まさに華麗なる人脈と才能に囲まれた人生。
そして、彼が今も家族との時間を大切にし、イクメンとしても知られているのは、幼少期に経験した「家庭崩壊」という経験から、家族へのリベンジ(償い)を果たしたいという強い思いがあるからだと知って、僕はさらに高橋克典さんを好きになりました。
