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坂本花織|うちわ写真は誰?コーチ2人・女性は中野園子

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ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート女子フリー、皆さんはご覧になりましたか?

銀メダルを手にした坂本花織選手の、あの晴れやかな、でも少し悔しさの入り混じった表情に、僕はテレビの前で胸が熱くなってしまいました。

現役最後の五輪として挑んだ彼女の滑りは、まさに集大成と呼ぶにふさわしい、愛に満ちた素晴らしいものでしたね。

そんな感動のシーンの裏側で、キスアンドクライ(キスクラ)に座る彼女が大切そうに抱えていた「あのうちわ」が、今ネットでも大きな話題になっています。

キラキラしたアイドルの応援グッズのようなクオリティで、そこには特徴的なメガネをかけた優しそうな男性の顔写真が。

「あの方は一体誰なの?」と気になって検索している皆さんのために、今回はあの笑顔の正体と、坂本選手を取り巻く温かいチームの絆について、スケート愛全開で詳しく紐解いていきたいと思います。

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坂本花織|うちわ写真は誰?

■あの笑顔の男性は誰?川越正大コーチの素顔

キスクラで坂本選手が振っていたあのうちわの写真は、彼女を支えるコーチ陣の一人、川越正大(かわごえ まさひろ)さんです。

川越コーチは、現在は神戸の「シスメックス・神戸アイスキャンパス(神戸フィギュアスケーティングクラブ)」を拠点に、シングルスケーターの指導や振付を担当されています。 [5.4, 138]

実は、かつては東京の高田馬場にあったシチズンプラザというリンクで、長年コーチや振付師として活躍されていた方なんですよ。

ファンの間ではとにかく「褒め上手」な先生として有名で、親しみやすくて面白い人柄が、多くの教え子たちから慕われているんです。

例えば、男子の鎌田英嗣選手が小学3年生の時に、その才能を見抜いて「選手になりませんか」と声をかけ、本格的な道へと導いたのも川越先生でした。

さらに、ミラノ五輪で銅メダルを獲得した佐藤駿選手のジュニア時代の振付を担当されていた時期もあり、その手腕は折り紙付きです。 [5.10, 91, 120]

普段は冗談を言ってみんなを笑わせるような明るい方ですが、試合会場ではピシッとしたスーツ姿で選手を送り出す、とても素敵なギャップをお持ちの先生なんですよね。

川越正大(坂本花織うちわコーチ)経歴

■振付師から専属コーチへ!坂本選手との深い絆

坂本選手と川越コーチの関係は、単なる最近の師弟関係というわけではなく、実はとても長い歴史があります。

坂本選手がシニアにデビューする前後の大切な時期から、彼女のプログラムの魅力を引き出す「振付師」として、ずっと影で支えてこられました。

名作として名高い「マラゲーニャ」や、彼女の力強さが際立った「カラーパープル」、そして「007」のエキシビションなど、私たちが大好きだった多くのプログラムは、川越先生の手によって生み出されたものなんです。

長年、外側から彼女の良さを見守ってきた川越先生ですが、2025年頃からは「チーム神戸」に正式なコーチとして合流されました。 [5.3, 138]

今回の五輪では、おそらく帯同できる人数の制限などの関係で、川越先生は現地に行くことが叶わなかったのでしょう。

でも、坂本選手は「先生も一緒に戦っているんだ」という強い思いから、あのうちわを手作りして、世界中のカメラが注目するキスクラへ持ち込んだのだと思います。

公式の応援グッズかと思うほど綺麗に作られたうちわを誇らしげに振る姿からは、先生への深い感謝と、彼女らしいユーモア溢れる愛情がひしひしと伝わってきますよね。

これこそが、彼女が世界の頂点付近で戦い続けられる、心の支えの正体なんだなと僕は確信しています。

坂本花織|うちわの歴史・由来

■北京から続く伝統!コーチ愛が詰まったお守り

実は、大切な人の写真をうちわにしてキスクラに持ち込むのは、坂本選手にとって「幸運を呼ぶ伝統」のようなものなんです。

思い返せば4年前、2022年の北京五輪の時も、彼女はリンクサイドに同じようなうちわを持ち込んでいました。

あの時は、コロナ禍の厳しい制限で現地に来られなかったグレアム充子コーチの写真を切り抜いたうちわを、テレビカメラに向かって思いっきり振っていたんです。

「緊張したけれど、先生の顔を見て楽しく滑れた」と語っていた彼女にとって、あのうちわは単なる道具ではなく、リンクに立てない恩師の魂を隣に呼び寄せる「魔法のアイテム」だったのでしょう。

また、今回のミラノ五輪でも、彼女は団体戦のメンバー全員の思いを一つにするために、寄せ書き入りのうちわを自ら発案して用意していました。

「一番いい色つかむぞ」という仲間との誓いが記されたそのうちわが、団体銀メダルという快挙を後押しする強い「風」になったことは間違いありません。

個人競技でありながら、決して一人で戦っているわけではないという彼女のスタンスが、こうした「うちわ」という形に表れているのが、とても彼女らしくて微笑ましいですよね。

彼女の人間性というか、周囲への気遣いと感謝の心には、いつも頭が下がる思いです。

坂本花織|女性コーチは中野園子

■21年の歩み!最強の女性コーチ陣

坂本選手を語る上で欠かせないのが、彼女を21年もの長い間、二人三脚で指導してきた中野園子(なかの そのこ)コーチの存在です。

中野コーチは、彼女が4歳の時からその成長をずっと見守り続け、時に厳しく、時に温かくその才能を磨き上げてきました。

練習中に泣くのが当たり前というような厳しい環境の中でも、中野コーチは「失敗を恐れるな」「失敗は財産だ」と教え、彼女の強いメンタルを育んできたんです。

リンクへ向かう彼女にかけられる「花織やったらできるぅ!」という言葉は、ファンの間でも「魔法の言葉」として語り継がれていますよね。

また、今回うちわになっていた川越コーチや、北京の時にうちわになったグレアム充子コーチ、そして川原星コーチを加えた、まさに「チーム神戸」の結束力は世界一だと言えるでしょう。 [5.7, 59, 138]

特に中野コーチは、坂本選手のパワフルな滑りという個性を決して殺さず、それを最大限に活かす方法を一緒に模索し続けてきました。

今回の銀メダルが決まった瞬間、中野コーチの胸で号泣する彼女の姿を見て、21年間の重みを感じて僕も涙が止まりませんでした。

中野コーチは「これで良かったんだろう」と、銀メダルという結果を優しく、そして冷静に受け止めていらっしゃったのが印象的でしたね。

まとめ

■夢は指導者として再び五輪の舞台へ

坂本選手は今シーズン限りでの現役引退を表明しており、これからは指導者としての道を歩むことを決めています。

試合後のインタビューで彼女が明かしたエピソードが、また泣けるんです。

中野コーチから「あなたは銀になったから、今後はあなたが五輪金メダリストを育てていきなさい」と背中を叩かれたそうですよ。

「教え子を金メダルに導けるようになったら、また五輪にふと現れるかもしれない」と、少し笑みを浮かべながら語る彼女の姿には、新しい希望が満ち溢れていました。

今はまだ、最後の大舞台を終えたばかりで、「あのトーループを跳んでいたら」という悔しさが心に残っているかもしれません。

でも、その悔しさこそが、彼女が素晴らしい指導者になるための次なるエネルギーに変わっていくのだと僕は信じています。

まずはゆっくりと休んで、大好きなお寿司をたくさん食べて、これまでの疲れを癒してほしいなと思います。

彼女が育てた未来のメダリストが、いつか五輪のキスクラで「坂本コーチのうちわ」を振る日が来るかもしれない。

そんな素敵な未来を想像しながら、これからも彼女の新しい旅路を全力で応援し続けていきたいです。

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