「マツケンサンバⅡ」の煌びやかな衣装で日本中に元気を届けてくれる松平健さんですが、その素顔や歩んできた道のりは、実は驚くほど波乱万丈で人間味に溢れているんです。
今回は、そんな「上様」のプライベートから家族の絆まで、Wikipediaに負けないくらい、そしてWikipediaよりも詳しく徹底的に深掘りしてご紹介しますね。
僕と同じ30代の皆さんも、年を重ねるごとに彼の多才さと深い慈愛に満ちた生き方に、きっと心を打たれるはずですよ。
松平健|プロフィール、年齢・身長は
松平健さんは、1953年11月28日に愛知県豊橋市でこの世に生を受けました。
現在70代を迎えられていますが、あの若々しいステップを見ていると、年齢なんてただの数字に過ぎないと思わせてくれますよね。
本名は鈴木末七(すずき すえしち)さんとおっしゃるのですが、これは7人兄弟の末っ子として生まれたことに由来しているそうです。
身長は177cmから179cmほどもあり、舞台で見せるあの圧倒的な存在感も納得の体格をされています。
血液型はB型で、三喜プロモーションに所属し、俳優、歌手、タレント、そして最近ではYouTuberとしても精力的に活動されていますよ。
愛称は言わずと知れた「マツケン」ですが、この呼び名が全国区になったのはやはりサンバのヒットが大きかったのでしょう。
松平健|経歴
■華々しさと泥臭さが共存する経歴
彼のキャリアは、1970年に石原裕次郎さんに憧れて上京したところから静かに始まりました。
当時は石原プロモーションの門を叩くも叶わず、養成所を経て劇団フジで下積みを経験されています。
転機となったのは1974年、昭和の名優・勝新太郎さんが主宰する勝プロダクションに入り、付き人として修業を積んだことでした。
その後、1978年にテレビドラマ「暴れん坊将軍」の主役、徳川吉宗役に抜擢されたことで運命が大きく動き出します。
この作品は2008年まで続く超長寿番組となり、全832回という驚異的な放送回数を記録する彼の代名詞となりました。
また、NHK大河ドラマの常連としても知られ、北条義時や平清盛など、歴史上の重厚な人物を数多く演じてきています。
そして2004年には、もともと舞台のフィナーレで披露されていた「マツケンサンバⅡ」が社会現象とも言える大ヒットを記録しました。
2020年にはSNSやYouTubeをきっかけにZ世代の間で再ブレイクし、東京オリンピックの開会式で待望論が巻き起こったのも記憶に新しいですよね。
松平健|結婚歴・回数
松平さんの私生活に目を向けると、これまでに3度の結婚を経験されています。
一度目の結婚は1990年、お相手は元宝塚歌劇団トップスターの大地真央さんでした。
二度目は2005年、元アイドルの松本友里さんと再婚されましたが、2010年に悲しい別れを経験されています。
そして2015年、61歳の時に現在の奥様である一般女性と三度目の結婚をされました。
トップスターとの結婚、最愛の妻との死別、そして穏やかな晩年のパートナーとの出会いと、まさに映画のような人生を歩まれています。
松平健|歴代の奥さん
一人目の妻である大地真央さんとは、舞台「風と共に去りぬ」での共演がきっかけで結ばれました。
当時は「プレーボーイ」と呼ばれた松平さんと、「アネゴ肌」の大地さんの結婚は世間を驚かせ、披露宴も2億円と言われるほど豪華なものでした。
しかし、仕事優先の生活やすれ違いが重なり、2003年末に13年間の結婚生活に幕を閉じています。
二人目の妻、松本友里さんは「暴れん坊将軍」での共演を機に知り合い、彼女の献身的な姿に松平さんが惹かれたそうです。
2005年に結婚し翌年には待望の長男を授かりましたが、友里さんは母親の介護や育児による疲れから精神的に不安定になってしまいます。
残念ながら2010年、松平さんが博多座での公演中に悲しい別れを迎えることになり、衝撃的な最期を迎えられました。
残された松平さんは大きな悲しみを背負いながらも、シングルファーザーとして息子さんを育てる決意をされたのです。
松平健|再々婚相手はどんな人?
■支えとなる現在のパートナー
2015年に結婚された現在の奥様は、松平さんより10歳年下の一般女性です。
篠原涼子さんに似たスレンダーな美人だと言われており、もともと共通の知人を通じて長く家族ぐるみの付き合いがあった方でした。
彼女も再婚で、自身の娘さんや小さなお孫さんがいらっしゃる、すでに子育てを経験した包容力のある女性です。
松平さんは「子供のことを考えて」再々婚を決断したと語っており、息子さんが彼女に懐いていたことが大きな後押しとなりました。
地方公演で家を空けることが多い松平さんにとって、彼女は家庭を安心して任せられる、かけがえのない存在なのだと思います。
松平健|子供は何人?誰の子?
■宝物である一人息子
松平さんのお子さんは、二人目の妻である松本友里さんとの間に生まれた息子さんが一人だけです。
息子さんは2006年10月31日に誕生しており、2025年現在は19歳の大学生になっています。
松平さんが52歳の時に授かったお子さんで、幼い頃は一緒に歩いていると「お孫さんですか?」とよく聞かれたという微笑ましいエピソードもあります。
名前は公表されていませんが、ネット上では「健太」くんではないかという噂が絶えません。
松平さんは息子さんのために毎朝6時に起きて手作りのお弁当を作り続け、運動会や入学式などの学校行事にも皆勤で参加してきました。
息子さんは高身長で優しい性格に育ち、父親の派手なステージも「やってるね」とクールに見守る、素敵な信頼関係を築いているようですよ。
松平健|息子の学校、高校・大学は?
■名門・成城学園での学生生活
息子さんの通っている学校については、幼稚園から大学まで一貫して「成城学園」ではないかと言われています。
ここは多くの芸能人の子供が通う名門校として有名で、プライバシーがしっかり守られる環境が選ばれた理由なのでしょう。
小学校、中学校、高校と内部進学を続けられ、2025年春からはそのまま成城大学へ進学したという説が極めて濃厚です。
松平さんは多忙な俳優業の合間を縫ってPTAの役員まで務めていたそうで、その熱心なパパぶりには頭が下がりますよね。
息子さん自身は表舞台に出るよりも「裏方」の仕事、特に映像編集やものづくりに興味を持っているそうです。
いつか父親である松平さんの舞台や映画を、息子さんがプロデュースする日が来るかもしれないと思うと、なんだかワクワクしてしまいます。
松平健|実家と家族構成(両親・兄弟)
■実家と大家族の絆
松平さんのルーツである実家は、愛知県豊橋市の旭町付近にありました。
父親の鈴木太市さんは元軍人の大工棟梁で、非常に厳格かつお酒を好む職人気質な方だったそうです。
一方で母親の鈴木いつさんは、家計を支えるために内職や工場勤務をこなす、朝ドラの「おしん」のように辛抱強い女性でした。
9人家族という大家族の末っ子として育ち、一番上のお姉さんとは20歳も年が離れていたといいます。
実家は決して裕福ではなく、肉の代わりにちくわが入ったカレーが「お袋の味」だったというエピソードは、彼の謙虚な人柄を感じさせます。
現在もお姉さんの一人が豊橋市内で居酒屋を経営されており、松平さんは帰省のたびにお墓参りと共に立ち寄られているそうですよ。
松平健|学歴(出身高校・大学)は?
■学歴に秘められた親孝行
松平さんは地元の豊橋市立旭小学校、青陵中学校を卒業した後、愛知県立豊橋工業高校(現在の豊橋工科高校)へ進学しました。
しかし、高校1年生の時に最愛の父親が他界したことで、家計を助けるために高校を中退するという大きな決断をします。
その後は名古屋の寿司屋で住み込みの修行を始め、働き詰めだったお母さんのために太巻きを作ってあげるのが精一杯の親孝行だったそうです。
寿司職人としての道を進んでいた彼が俳優を志したのは、石原裕次郎さんの映画『太平洋ひとりぼっち』を観て「男は冒険をしなければならない」と感銘を受けたからでした。
大学へは進学していませんが、若くして社会の厳しさを知り、家族のために汗を流した経験が、今の深みのある演技に繋がっているのは間違いありません。
まとめ
松平健さんの人生を紐解くと、そこには華やかなスポットライトだけでなく、孤独な子育てや愛する人との別れ、そして家族を守り抜く強い意志がありました。
シングルファーザーとしてお弁当を詰め、学校行事に通い詰めた「パパとしての素顔」を知ると、彼の歌うサンバがより一層温かく心に響いてきます。
自分の夢を信じてくれたお母さんの思いを胸に、今では自分自身が大きな愛で家族と日本中を包み込んでくれているのですね。
そんな松平健さんには、これからも健康に気をつけて、末長く「アミーゴ!」と叫び続けてほしいと心から願っています。
彼の人生は、まさに一本の太い「刀」のような、強くてしなやかな美しさに満ち溢れています。
