テレビ番組『プラチナファミリー』で紹介された、神楽坂にあるあの信じられないほど広いお屋敷の主、小堀宗実さんのことが気になって夜も眠れないという方も多いのではないでしょうか。
都会のど真ん中にあんな別世界があるなんて、僕も画面越しに圧倒されてしまいました。
今回は、そんな今まさに検索の嵐を巻き起こしている小堀宗実さんについて、Wikipediaよりも詳しく、そして血の通った言葉でその素顔に迫ってみたいと思います。
小堀宗実|神楽坂の豪邸でプラチナファミリー
■プラチナファミリー放送内容
2026年1月27日に放送された『プラチナファミリー』2時間スペシャルでは、神楽坂の一等地にある約400坪という驚愕の大豪邸が紹介されました。
土地代だけで推定20億円以上というこの場所は、地元の人からも「めったに入れる場所ではない」と敬遠されるほどの聖域だったんです。
門をくぐると12畳もの広大な玄関があり、そこには門番さんまで控えていて、まるでお城のような光景が広がっていました。
家の中には、家紋である「七宝花菱紋」が施された応接間や、雪見障子から眺める完璧に手入れされた日本庭園があり、高嶋ちさ子さんも思わず息をのんでいましたね。
この家で暮らしているのが、440年以上の伝統を守り続ける遠州茶道宗家の十三世家元、小堀宗実さん一家です。
小堀宗実|プロフィール
小堀宗実さんは1956年9月17日生まれで、東京都のご出身です。
本名は小堀正晴さんとおっしゃいますが、茶道界では「不傳庵 宗実(ふでんあん そうじつ)」という号で広く知られています。
江戸時代初期の伝説的な大名茶人である小堀遠州から数えて13代目の直系にあたる、まさに「茶道界のプリンス」とも呼べる存在ですね。
彼のモットーは「茶の湯を通して心を豊かに」というもので、その温かいお人柄が伝わってくるようです。
身長などの詳細な体格は公表されていませんが、着物姿の凜とした佇まいからは、長年の修練による風格がひしひしと感じられます。
小堀宗実|経歴
宗実さんの歩みは、まさに伝統と革新の融合と言えるかもしれません。
大学を卒業した後に大徳寺派の桂徳禅院で禅の修行を積み、1983年に副家元となりました。
そして2001年の元旦、先代である父・小堀宗慶さんの後を継いで、正式に十三世家元を継承されたのです。
特筆すべきは、茶道という枠を超えたマルチなプロデュース能力で、世界初の茶道ドキュメンタリー映画『父は家元』の監修も務めておられます。
さらに驚くことに、ドイツの高級ぬいぐるみメーカー「シュタイフ社」とコラボして、世界限定の「茶道テディベア」を作ってしまうような柔軟な発想の持ち主でもあるんですよ。
これまでに外務大臣表彰や文化庁長官表彰を受賞しており、日本文化の顔として世界を舞台に活躍し続けています。
小堀宗実|結婚・妻
宗実さんの人生を支えているのは、1987年に結婚された貴美子(きみこ)夫人です。
貴美子さんは1960年生まれで、高校時代からインターナショナルスクールで学び、アメリカ留学も経験されているという非常に国際感覚豊かな方なんです。
帰国後は外資系企業に勤務していたというキャリアも持ち、現在は「ゆっくり奥様修業」という本を出版されるなど、宗家を内側から支える活動をされています。
番組でもその上品で落ち着いた雰囲気が印象的でしたが、英語で日本文化を伝える活動にも力を入れておられます。
伝統的な家庭でありながら、グローバルな視点を持つ奥様とのバランスが、小堀家の強みなのかもしれません。
小堀宗実|子供は娘(長女/次女)と息子(長男)
宗実さんには、朗子さん(長女)、優子さん(次女)、正大さん(長男)の3人のお子さんがいらっしゃいます。
次女の優子さんは「小堀宗翔(そうしょう)」という名で活動されており、かつてはラクロスの日本代表選手としても活躍していたという驚きの経歴の持ち主です。
「スポーツと茶道の融合」をテーマにした彼女の「アスリート茶会」には、プロサッカー選手やラグビー選手なども集まり、大きな話題を呼んでいます。
そして長男の正大さんは「小堀宗以(そうい)」の名を持ち、現在は禅寺での修行を終えて本格的に茶の湯の稽古を始めています。
2026年現在は、お正月行事の「点初め」で宗実さんのサポート役を務めるなど、未来の家元としての階段を着実に登っているところです。
家族全員がそれぞれの個性を活かしながら、家業である茶道を大切にしている様子は、本当に理想的なファミリーだと感じます。
小堀宗実|両親、家系図
宗実さんのルーツを辿ると、そこには歴史の教科書に登場するような豪華な顔ぶれが並びます。
お父様は十二世家元の小堀宗慶さんで、シベリア抑留という壮絶な経験を乗り越え、戦後の茶道界を牽引した「今遠州」と称される偉大な方でした。
家系図を遡れば、その頂点に君臨するのは徳川家光の茶道指南役を務めた小堀遠州(小堀政一)です。
遠州は二条城の庭園や名古屋城の設計まで手がけた総合芸術家であり、宗実さんはその400年以上にわたる「綺麗さび」の美意識を一身に受け継いでいます。
一族の墓所は練馬区の廣徳寺にあり、柳生十兵衛らと同じ場所に眠っているというのも、武家茶道の宗家らしいエピソードですね。
明治維新後の厳しい時代にも、先代たちが必死に伝統の灯を絶やさなかったからこそ、今の神楽坂の豪邸が存在しているのです。
小堀宗実|学歴
宗実さんの学歴については、名門・学習院との深い縁が目立ちます。
出身大学は学習院大学法学部で、1979年に卒業されています。
卒業後すぐに家元を継ぐのではなく、臨済宗大徳寺派の桂徳禅院で2年間にわたる厳しい禅の修行に身を投じたという点に、彼の誠実さが表れていますね。
この修行の期間に、当時の禅師から「宗以」という号を授かっており、茶人としての精神的な基盤が築かれました。
ちなみに、お子様たちも学習院に通われていたようで、宗実さんは現在、学校法人学習院の名誉理事という重職も務めておられます。
単なるお勉強だけでなく、日本の伝統や精神性を深く学んできたことが、今の彼の活動の源泉になっているのでしょう。
まとめ
『プラチナファミリー』で注目を集めた小堀宗実さんは、20億円の豪邸に住むという事実以上に、その歴史を背負う覚悟が凄まじい方でした。
2026年現在も、国内外で精力的に献茶式を執り行い、次の世代へ「綺麗さび」の心を伝えようとされています。
400坪の屋敷も、実は一枚一枚の木の葉まで拭き清めるような、内弟子たちの血の滲むような掃除と手入れによって守られているのです。
そんな「わざわざ手間をかける贅沢」こそが、小堀家が教えてくれる本当の豊かさなのかもしれません。
テレビを見て「すごいな」と思った方も、一度神楽坂の近くを散歩して、その静謐な空気を感じてみてはいかがでしょうか。
