あの「虹」の歌声が、今でも耳に残っているという方も多いのではないでしょうか。
テレビ番組「オモウマい店」で強烈なインパクトを残した、群馬県みどり市の「小林君八百屋」の店主、松村哲夫さんのことです。
2024年の夏に突然の閉店というニュースが流れたときは、僕自身も信じられない気持ちでいっぱいになりましたし、ネットでも大きな騒ぎになりましたよね。
あれから時間は流れ、2026年の今、あのパワフルな社長がどうしているのか気になっている方も少なくないはずです。
そこで今回は、かつて僕たちを驚かせたあの店舗の記憶と、閉店に隠された本当の理由、そして現在の活動について、僕なりの視点も交えながら詳しく紐解いていきたいと思います。
小林君八百屋のかつての店舗情報【オモウマい店】
■伝説となった「小林君八百屋」の営業スタイル
かつて群馬県みどり市大間々町にあった「小林君八百屋」は、まさに地元のオアシスのような場所でした。
テント張りの簡素な造りでありながら、店内には所狭しと新鮮な野菜や果物が並べられていたのを覚えています。
松村哲夫社長の営業スタイルはとにかく豪快で、1玉2,500円もするスイカや、1箱3,000円から4,000円もする立派なプラムを「いいんだよ、いいんだよ!」と笑顔で無料サービスしてしまう姿は圧巻でした。
僕も最初テレビで見たときは、これじゃあ利益なんて出ないんじゃないかと心配になりましたが、それこそが社長の持つ「人のぬくもり」へのこだわりだったのですね。
社長は10歳で最愛のお母様を亡くしてから、50年もの間、睡眠時間を削ってまで働き続けてきました。
夜の10時から市場へ仕入れに向かい、寝るのはわずか2時間という過酷な生活を送りながらも、商売を一度も嫌だと思ったことがないという言葉には、一人の男としての強烈なプロ意識を感じます。
また、ギターを片手に菅田将暉さんの「虹」の2番を熱唱するパフォーマンスは、もはやお店の名物となっていて、その歌声を聴くために遠方から足を運ぶファンもいたほどです。
ちなみに、太田市にある「木崎店」は名前こそ同じですが別会社であり、あの個性的なパフォーマンスを楽しめたのは、この大間々店だけだったというのも興味深いポイントです。
小林君八百屋の閉店理由・なぜ?
■惜しまれながら幕を下ろした閉店の真相
多くのファンに愛されていたお店が、2024年8月13日に突然閉店してしまったときは、本当にショックでした。
あまりに急な空っぽの店内を見て、ネット上では「蒸発したのではないか」という不穏な噂まで流れたほどです。
しかし実際には、社長は事前に番組スタッフへ連絡を入れており、決して後ろ向きな理由での決別ではありませんでした。
最大の理由は、長年積み重なっていた約1,800万円という莫大な借金を、15年かけてようやく完済したことにあります。
肩の荷が下りたタイミングで、社長は「I have a dream」と語り、自身のセカンドライフへの挑戦を決意したのです。
その夢とは、愛してやまない菅田将暉さんの「虹」を世界中に広めること、そして歌いながら世界を旅することでした。
「母ちゃんに褒めてもらいたい」という一心で50年間駆け抜けてきた社長が、自分自身の夢のために商売を辞めるという決断は、ある意味で非常に美しく、清々しいものに感じられます。
常連客が涙を流して別れを惜しむ中で迎えた最終日は、まさに一人のエンターテイナーの門出を祝うステージのようでもありました。
小林君八百屋の社長・奥さんの現在は?
■歌う焼き芋社長としての新たな日々
さて、2026年4月現在、松村哲夫社長がどうしているかというと、彼は今でも元気に歌い続けています。
閉店後、社長は念願だったヨーロッパへの旅(欧州歴訪)を実現させ、多くの刺激を受けて日本に帰ってきました。
現在は、故郷である伊勢崎市で「歌う焼き芋社長」として新たな商売を始めています。
茨城県産のシルクスイートや紅はるかといったこだわりの芋を使い、1袋6個入り500円という、八百屋時代と変わらぬリーズナブルな価格でお客さんを喜ばせているようです。
そしてもちろん、今でもギターを抱えて「虹」を大熱唱するスタイルは健在です。
場所は変わっても、人を笑顔にしたいという社長の魂は少しも衰えていないことが分かり、僕もどこかホッとしたような気持ちになりました。
なお、奥様に関する情報について調べてみましたが、公開されている範囲では奥様の存在や現在の状況に触れられているものはありませんでした。
社長のこれまでの苦労話はお母様との思い出が中心であり、プライベートなご家族の詳細は明かされていない可能性が高いです。
それでも、自分の信念を貫き、60代後半にして新しい夢を追いかけるその姿は、同性として、そして一人の人間として憧れを抱かずにはいられません。
まとめ
群馬の小さな八百屋から始まった物語は、今や焼き芋という形を変えて、新たな輝きを放っています。
かつての店舗がなくなってしまったのは寂しいですが、松村哲夫さんという魅力的な人間が今もどこかで誰かを歌で励ましていると思うと、それだけで心が温かくなりますね。
10歳からの過酷な労働を乗り越え、借金を返しきり、そして自分の夢のために旅立った社長の人生は、何かに迷っている僕たちの背中をそっと押してくれる気がします。
もし群馬を訪れる機会があれば、新しい「歌う焼き芋」を求めて、社長の第二のステージを覗いてみるのもいいかもしれません。
人を喜ばせることが自分の幸せだと語る社長の笑顔と、あの心に響く「虹」の歌声は、これからも多くの人たちの記憶の中で、鮮やかに輝き続けることでしょう。
