2026年、新年早々に呪術ファンの間でSNSのタイムラインを埋め尽くしている、あの不思議な合言葉を皆さんはもう目にしましたか。
一見すると何かの宗教的な誓いのようにも聞こえますが、実はこれ、ある一人の呪術師に向けられた、ファンの執念とも言える深い愛情が込められた言葉なんです。
なぜ今になってこのフレーズがこれほどまでに熱く語られているのか、その背景には原作とアニメの間に起きた、悲しくも熱い「解釈の衝突」がありました。
俺だけは甚一さんの良さを理解している|禪院甚壱とは?
■禪院甚壱という男の素顔
禪院甚壱(ぜんいん じんいち)という人物は、呪術界の名門である禪院家が誇る最強の術師集団「炳(へい)」の筆頭格であり、特別1級呪術師という確かな実力を持った男です。
彼はあの「天与の暴君」伏黒甚爾の実の兄であり、現当主候補だった直哉や真希・真依のいとこ、そして伏黒恵の伯父という、物語の重要人物たちが交差する血筋のど真ん中に位置しています。
その容姿は、筋骨隆々のたくましい肉体に無造作な長い髪、そして額に刻まれた大きな十字の傷跡が非常に特徴的で、一目見ただけで「ただ者ではない」と思わせる野性味溢れるオーラを放っています。
同族の直哉からは「顔がアカン」「ブサイク」と散々公然と貶されてきましたが、一部の熱狂的なファンの間では「髭を剃って身なりを整えれば、実は彫りの深い渋いイケメンなんじゃないか」という再評価の声が今も絶えません。
彼の術式は、拳を構えることで背後に巨大な拳をいくつも具現化させ、圧倒的な破壊力で広範囲を文字通り粉砕するという、SNSでは「ブサイクメテオ」というなんとも言えない愛称で親しまれている豪快なものです。
性格的にはやや鬱々とした印象を与えがちですが、実利を重んじる政治的な立ち回りをする一方で、身内への配慮も忘れない複雑な内面を持ち合わせています。
俺だけは甚一さんの良さを理解している|ミーム元ネタ・由来は?
■ミームの起源とスイカの記憶
この「俺だけは甚一さんの良さを理解している」というフレーズの直接的な発祥は、実は数年前の2021年に発売された単行本17巻のおまけページにまで遡ることができます。
そのページには「躯倶留隊(くくるたい)による炳レビュー」という遊び心溢れる企画があり、部下たちが上司を匿名で評価していたのですが、甚壱への評価は5点満点中4.8点という驚異的な高得点だったのです。
女性蔑視を繰り返す直哉が0.0点で「うんこクズ」と罵られていたのに対し、甚壱は「スイカを差し入れてくれる」「たまたま筋トレで一緒になった時に大腿四頭筋を褒めてくれる」といった、不器用ながらも部下を大切にする「理想の上司」っぷりが明かされました。
このレビュー欄にいた全員が、まるで示し合わせたかのように「俺だけは甚壱さんの良さを理解している」と締めくくっていたそのシュールな光景が、読者の心に深く刻まれたのが全ての始まりです。
ちなみに、ミームとしては「甚一」と表記されることも多いですが、公式の正しい表記は「甚壱」であることは、ファンなら押さえておきたいポイントですね。
俺だけは甚一さんの良さを理解している|ミーム化した理由は呪術廻戦アニメ51話?
■2026年1月のアニメ改変が火種に
長らく一部の原作ファンに愛されてきたこのネタが、2026年1月22日に放送されたアニメ第51話「葦を啣む」をきっかけに、ネット全体を揺るがす爆発的な流行へと一気に飛躍しました。
原作漫画の該当シーンでは、術式で身を削りながら真希を止める蘭太に対し、甚壱が一瞬振り返ってその身を案じるような、動揺した表情を見せる描写があったのです。
しかし、放送されたアニメ版ではこの「振り返る」という重要な描写が削られ、甚壱が苦しむ蘭太の横を無表情のままのそのそと歩いていくという、まるで部下の命に無関心な冷徹人間のような演出に「改変」されてしまいました。
この演出に対して、彼の隠れた優しさを愛していた原作既読者たちが「アニメの制作陣は甚壱の良さを全く分かっていない!」と抗議の意味も込めて、例のフレーズを次々に投稿し始めたのです。
この「改変」に対する賛否両論の嵐が吹き荒れる中で、言葉そのものが一種のトレンドとなり、YouTubeショートやまとめサイトでも原作との比較動画が数百万回再生されるという、異例の事態にまで発展しました。
正直なところ、私もアニメであのシーンを観た時は「あれ?甚壱さん、こんなに冷たい人だったっけ?」と、少し寂しい気持ちになってしまいました。
俺だけは甚一さんの良さを理解している|使われ方
■文化的なニュアンスと使われ方
現在のネット上でのこのミームは、単なるアニメへの不満を伝える手段を超え、自分が愛するマイナーなキャラクターや不遇な存在を全力で肯定するための「誇り高き合言葉」へと進化を遂げています。
特に「アニメから入った層には伝わらないかもしれないが、自分だけはキャラクターの真の魅力を知っている」という、少しの自虐と強いファンとしてのプライドが混ざり合った、非常に独特な心理状態を表しています。
「制作側には分からなかったのでしょうが」という皮肉混じりの枕詞と共に使われることもあれば、単純に「誰も気づいていない彼の美点を見つけたい」という純粋な愛の告白として使われることもあるのです。
今では呪術廻戦という作品の枠を飛び出し、他の作品でスポットライトが当たらないキャラクターを愛でる際にも「俺だけは〇〇の良さを……」といった形で応用されるほど、ネット文化に根ざした表現となりました。
このフレーズを口にする時、ファンたちは皆、あのレビューを書いた躯倶留隊員たちと同じように、不器用な男が見せた一瞬の輝きを必死に守ろうとしているのかもしれません。
まとめ
■令和のミームを振り返って
2021年の単行本の隅っこにあった小さなネタが、5年の歳月を経て2026年のアニメ放送という大きな舞台で、これほどまでに熱く燃え上がったことは、まさにSNS時代の奇跡と言えるでしょう。
表面的な怖さや役割だけで判断されがちな世の中で、誰か一人が自分の本当の良さを理解してくれている、というのは甚壱にとっても私たち人間にとっても、一番の救いなのかもしれません。
未婚で30代を過ごしている私にとっても、世間から「独身の気難しい男」と見られながらも、誰かに「俺だけはアイツの良さを知っている」と思われたいという甚壱への共感は、他人事とは思えませんでした。
皆さんも、もし身の回りに無愛想で近寄りがたいけれど、たまに小さな気遣いを見せてくれる人がいたら、その人の「良さ」を真っ先に理解してあげてください。
このミームがこれほど愛されているのは、私たちが誰もが持っている「正しく理解されたい」という切実な願いを、甚壱という不器用な男が代弁してくれているからに違いありません。

