日本の受験界において、これほどまでに強烈な光を放ち、多くの人々の心を揺さぶり続ける存在が他にいるでしょうか。
東大理科三類という、日本で最も高く険しい山の頂に五浪という年月をかけて辿り着いた、阿修羅さんの生き様はまさに伝説です。
彼の歩んできた道を知れば、単なる合格体験記を超えた、一人の人間が何かを極めようとする情熱のドラマに胸が熱くなるはずです。
今回は、wikipediaよりも詳しく、彼の素顔や知られざる苦闘の歴史について、愛を込めて深く掘り下げていきたいと思います。
阿修羅|何者?年齢は?
■受験界の怪物が持つ素顔とプロフィール
「阿修羅」という名前で親しまれている彼の本名は、山本赳久(やまもと たけひさ)さんといいます。
1995年に広島県で産声を上げた彼は、2026年現在で31歳という、人生の深みが増していく年齢を迎えています。
身長や血液型などは非公開とされていますが、その独特なオーラと圧倒的な知性は、多くの受験生にとっての希望の星となっています。
彼はもともと勉強が大好きだったわけではなく、高校時代はプロゲーマーを目指してゲームに没頭していたという意外な過去を持っています。
しかし、ゲームの世界で自分の限界を感じて挫折したことが、彼を「何かを極める」という新たな旅へと駆り立てるきっかけとなりました。
彼が選んだ極めるべき対象こそが、日本で最も難しいとされる東京大学理科三類への合格だったのです。
阿修羅|受験歴
■修羅の如き執念が刻んだ怒涛の受験歴
彼の受験生活は、まさに平坦な道など一度もない、挑戦と再起の連続でした。
現役時代は理科三類に届かず、さらに山梨大学の医学部も不合格という苦いスタートを切っています。
一浪目も理科三類や防衛医科大学校などに挑むも壁は厚く、二浪目にして早稲田大学や一橋大学経済学部に合格を勝ち取りました。
親御さんから「大学生になってほしい」と願われたこともあり、彼は一橋大学への進学を決めましたが、心の中の炎は消えていませんでした。
一橋大学での学生生活を送りながら、予備校、宅浪、仮面浪人といったあらゆるスタイルを経験し、理三への挑戦を続けたのです。
そして五浪目となった2019年、ついに念願の東京大学理科三類合格を成し遂げ、日本中の受験生を驚かせました。
驚くべきはその後で、彼は一度の合格に満足することなく、2023年、そして2025年と、これまでに通算3回もの理三合格を果たしています。
2025年度の入試では、合格者最低点を4.8300点上回る373.5000点という高スコアで見事に「実質合格」を掴み取っています。
阿修羅|実家の母親・父親は?
■厳格な父と温かい故郷の家族構成
彼の不屈の精神を育んだ背景には、広島での家族との絆がありました。
お父様は非常に現実的な方のようで、理三を目指し始めた当初は「才能がないから無理だ、諦めろ」と厳しい言葉をかけたそうです。
自分でも才能がないことを自覚していたからこそ、彼は「天才になる」ための努力を惜しまず、自らを追い込み続けました。
家族から期待と心配を一身に背負い、二浪の際には「どこかの大学に入ってほしい」という親心を受け入れながらも、夢を追い続ける強さを持っていました。
家庭教師として生計を立て、自らの学費や模試代を工面しようとする自立心の強さも、彼の人間的な魅力のひとつです。
実家での生活や家族への思いは、彼が孤独な受験勉強を戦い抜く上での大きな原動力になっていたに違いありません。
阿修羅|大学何年生?退学?
■現在の身分は?退学したのかそれとも何浪なのか
ネット上でよく検索される「阿修羅 退学」というキーワードですが、結論から申し上げると、彼は退学していません。
2026年現在も彼は東京大学医学部に在籍している現役の学生であり、退路を断った受験生ではなく、学生としての本分も全うしています。
2019年に入学した後、2留を経験しており、2023年の時点では「3回目の大学2年生」を楽しそうに過ごしていました。
彼は大学に在籍したまま受験を続ける「最強の仮面浪人」であり、その勝率は現時点で3勝11敗というデータも残っています。
合格しても面接をあえて欠席したり、辞退したりすることで、他の受験生の枠を奪わないよう配慮している点も、彼なりの優しさと言えるでしょう。
つまり、彼は何年も浪人を重ねている「多浪」の側面を持ちながら、同時に高度な教育を受ける「東大生」でもあるという、極めて稀有な存在なのです。
阿修羅|出身高校は?
■知性を磨いた広島の名門出身高校
阿修羅さんの学問的ルーツは、地元広島にある私立の中高一貫校、広島学院高等学校にあります。
この学校はカトリック系の伝統ある男子校で、広島県内では「男子御三家」として知られる屈指の進学校です。
2026年時点でもその偏差値は非常に高く、毎年多くの生徒を難関大学へと送り出しています。
阿修羅さんはここで思春期を過ごしましたが、当時は学校で寝てばかりで成績も学年で下から2番目だったこともあるそうです。
しかし、そんな彼が一度志を立てれば、偏差値72.5とも言われる東大理三の壁を突き破る力を発揮したのですから、底知れないポテンシャルを秘めていたのでしょう。
高校時代の友人たちとの交流や、そこで培われた基礎体力が、後の長期戦を支える基盤となったことは間違いありません。
阿修羅|出身中学・小学校は?
■挫折を経験した出身中学と小学校時代
広島学院は完全中高一貫校であるため、彼の出身中学校も同じく広島学院中学校です。
中学入試を経てこの名門校に入学したわけですが、実は彼は中学受験において東京の開成中学校に落ちるという挫折を経験しています。
小学生という多感な時期に味わったこの悔しさが、彼の心に消えない闘争心の火を灯したのかもしれません。
小学校時代の詳細は多くは語られていませんが、広島の地で机に向かい、高い目標を掲げていた少年の姿が目に浮かびます。
中学受験での失敗がなければ、今の「理三に執着する阿修羅」は生まれていなかった可能性すらあるのです。
人生の早い段階で大きな壁にぶつかったことが、彼を唯一無二の受験プレイヤーへと進化させる土壌となりました。
まとめ
■挑戦を止めない男が教えてくれること
阿修羅さんの物語は、単なる学歴の自慢ではなく、人間がどこまでひとつのことに情熱を注げるかという挑戦の記録です。
「夜明け前がもっとも暗い」という言葉を信じ、不甲斐ない結果に終わった時でさえも、彼は次なる高みを目指して精進を続けています。
31歳という年齢になっても、受験を通じて自分を磨き、実力を証明し続けるその姿は、多くの人にとって刺激的であり、また少し切なくもあります。
彼が受験という舞台で表現しているのは、点数以上の「生きる意味」そのものなのかもしれません。
私たちはこれからも、この稀代の受験プレイヤーがどのような景色を私たちに見せてくれるのか、温かい目で見守っていきたいですね。
