現在の大相撲・角界、今まさに新しい歴史が土俵の上で刻まれています。
新大関として連覇という驚異的な快挙を成し遂げた安青錦関、その力強い相撲に心を震わせているファンも多いのではないでしょうか。
彼の歩んできた波乱万丈な道のりや、土俵で見せる表情の裏側にある素顔を、今回はwikipediaに負けないくらいの熱量で詳しく紐解いていこうと思います。
安青錦新大|プロフィール、年齢・身長は?
安青錦新大(あおにしき・あらた)、本名はダニーロ・ヤブグシシンというウクライナ出身の若武者です。
2004年3月23日生まれの21歳で、現在は西の大関という輝かしい地位に就いています。
身長182センチ、体重140キロと、幕内の中では決して巨大な方ではありませんが、その筋肉の張りには目を見張るものがありますね。
名門・安治川部屋に所属し、ウクライナの青い空と師匠の「安美錦」から一字をもらった四股名を背負って戦っています。
安青錦新大|経歴
■異国の地で花開いた競技歴
相撲を始めたのはわずか7歳の頃で、柔道やレスリングも並行して学んでいました。
15歳で世界ジュニア相撲選手権3位、17歳でウクライナのレスリング110キロ級王者になるなど、幼い頃からその才能は際立っていたのです。
しかし、2022年に母国を襲った軍事侵攻が、彼の国立大学進学の夢を断ち切ることになりました。
「相撲を続けたい」という一心で、18歳になる直前にスーツケース一つで日本へと避難してきた決断力には、本当に頭が下がります。
初土俵からわずか14場所で大関に昇進するという史上最速のスピード記録は、彼の並外れた努力の証と言えるでしょう。
安青錦新大|成績・誰に負けた?
■2026年の成績と土をつけた相手
2026年の初場所において、新大関の重圧を跳ね除けて12勝3敗という成績で優勝を飾った姿は、ファンの記憶に新しく刻まれています。
この場所で彼を破ったのは、小結・王鵬、関脇・霧島、そして横綱・大の里という実力者たちだけでした。
特に14日目の大の里戦での黒星は、悔しさとともに次なる高みへの意欲を燃え上がらせたはずです。
通算成績は128勝34敗と、8割近い圧倒的な勝率を誇り、まさに「負けない力士」へと進化を遂げています。
安青錦新大|結婚・子供は?
若き大関の気になるプライベートですが、現在は独身で、もちろんお子さんもいらっしゃいません。
今はまだ相撲に全神経を集中させている時期で、浮いた噂一つ流れてこないのが彼らしい真面目さですね。
「かわいい系よりきれい系」が好みで、女優の北川景子さんのような女性に惹かれると語るなど、21歳の青年らしい一面も持っています。
将来、どんな素敵な方と結ばれて家庭を築くのか、親戚のような気持ちで温かく見守りたいものです。
安青錦新大|実家の母親・父親は?
■故郷を想う両親と家族構成
家族構成は、父セルゲイさん、母スウィトラナさん、そして3歳年上の異母兄ニキタさんの4人家族です。
ご両親は現在、戦火を避けてドイツのデュッセルドルフへ移住し、クリーニング店で働いていらっしゃいます。
兄のニキタさんは今もウクライナに残り、大学に通いながら毎日を懸命に生きているそうです。
優勝を決めた後にドイツの母親へ電話をかけ、涙声で祝福されるエピソードには、私も思わず目頭が熱くなりました。
安青錦新大|学歴(出身高校・大学)は?
■激動の中での出身高校と大学
出身高校はウクライナのヴィーンヌィツャにある「第32学校」という地元の学び舎です。
高校卒業後は母国の国立大学に合格していましたが、戦争の勃発によって入学を辞退せざるを得ませんでした。
日本へ来てからは関西大学相撲部の練習生として、日本の学生たちと共に汗を流した時期が彼の大きな財産となっています。
大学卒業という肩書きこそありませんが、相撲の道で学んだ精神は、どの学問にも勝る価値があるのではないでしょうか。
安青錦新大|出身中学・小学校は?
■幼少期を過ごした出身中学・小学校
小学校と中学校時代は、母国のヴィーンヌィツャでごく普通の少年として過ごしていました。
7歳の頃から地元のクラブで相撲を始め、YouTubeで貴乃花関や朝青龍関の取組を食い入るように見ていたそうです。
異国の英雄たちに憧れ、部屋で四股を踏んでいた少年の夢が、今の現実へと繋がっているのは本当にロマンがありますね。
具体的な校名は公表されていませんが、かつての平和な街で夢を育んだ時間が、今の彼の粘り強い相撲のルーツになっています。
安青錦新大|日本語は?
■驚異的なスピードで習得した日本語
彼の驚くべき才能の一つは語学力にあり、来日からわずか3年半で、通訳なしで会見をこなすほどの上達を見せました。
「日本語でしゃべる方が楽」と笑って話す姿からは、日本の文化に心から馴染もうとする敬意が伝わってきます。
言葉を覚えることで親方の指導をより深く理解し、相撲がさらに強くなれると信じて努力を重ねたのです。
インタビューで時折見せる気の利いたジョークや冗談のセンスも、彼の賢さと心の豊かさを物語っています。
まとめ
安青錦関という力士は、ただ強いだけでなく、戦火という過酷な運命を乗り越えてきた「希望の象徴」でもあります。
彼の大関としての活躍は、母国ウクライナの人々、そして日本のファンの心に熱い灯をともしてくれました。
春場所で挑む「綱取り」というさらなる高みに向けて、私たちも一丸となってエールを送りましょう。
彼の土俵人生はまだ始まったばかりで、これからも私たちの想像を裏切るような素晴らしい景色を見せてくれるはずです。
