最近、雑誌「VERY」の専属モデルとして新たなステージを歩み始めた青木裕子さんですが、その輝きは40代を迎えてさらに増しているように感じられます。
元TBSのアナウンサーとして一世を風靡した彼女が、今や二児の母として、そしてモデルとして見せる表情には、同世代の男性である私から見ても非常に惹きつけられるものがあります。
その凛とした佇まいと、家庭を大切にする柔らかな空気感を併せ持つ彼女の魅力を、今回はwikipediaに負けないように細部まで掘り下げてお届けします。
青木裕子|プロフィール、年齢は?
■青木裕子さんの詳細プロフィール
1983年1月7日に埼玉県で生まれた青木裕子さんは、現在43歳を迎え、本名は矢部裕子さんといいます。
身長は174cmと非常に高く、そのスタイルを活かして現在はモデルとしても大活躍されていますね。
血液型はAB型で、埼玉県さいたま市浦和区(旧浦和市)の出身である彼女は、まさに才色兼備という言葉がぴったりな女性です。
現在はレプロエンタテインメントに所属しており、アナウンサー時代とはまた違った知的な魅力を発信し続けています。
これだけ高身長で美しい方が画面に現れると、それだけでその場が華やぐような不思議な力を持っていますよね。
青木裕子|経歴
■華々しいこれまでの歩み
彼女のキャリアの原点は高校時代にまで遡り、当時は「東京ストリートニュース!」などの雑誌で読者モデルとして活動していました。
慶應義塾大学に進学してからもその勢いは止まらず、2001年にはミス慶應に選出され、さらには「ViVi」や「JJ」といった有名ファッション誌のモデルとしても注目を浴びています。
大学卒業後の2005年にTBSテレビにアナウンサーとして入社すると、「サンデージャポン」や「NEWS23X」など、バラエティから報道まで幅広いジャンルでその才能をいかんなく発揮しました。
2012年末に惜しまれつつもTBSを退社した後はフリーランスへと転身し、2024年10月からは「VERY」の専属モデルに就任するなど、常に第一線で走り続けています。
女子アナという枠を超えて、一人の自立した女性としてのキャリアを築き上げる姿には、本当に頭が下がる思いです。
青木裕子|旦那・矢部浩之と結婚の馴れ初め
■ナインティナイン矢部浩之さんとの結婚
青木さんは2013年3月27日に、お笑いコンビ「ナインティナイン」の矢部浩之さんと入籍し、大きな話題を呼びました。
二人の出会いはTBSの番組共演がきっかけで、約3年間の交際期間を経てゴールインしたと言われています。
矢部さんが彼女に好印象を持ったのは、特番「プロポーズ大作戦」の収録前に、彼女が楽屋の前でずっと立って挨拶を待っていた健気な姿だったそうです。
一方で、相方の岡村さんは「DOORS」という番組での急接近が決め手だったとラジオで大激論を交わしていましたが、当のご本人は楽屋での挨拶が意識し始めた瞬間だったと断言しています。
矢部さんはプロポーズの際、空港で「結婚してください」というオーソドックスながらも心のこもった言葉を贈ったそうで、そんな二人のエピソードには心が温まりますね。
青木裕子|子供は何人?
■宝物のような二人の子供
現在、青木さんと矢部さんの間には、元気な二人の男の子がいます。
長男は2014年3月19日に誕生し、次男は2016年1月22日に生まれています。
彼女は子育てを一つの「一大プロジェクト」と捉え、全力で向き合う姿が印象的ですが、同時に「子育てがしんどい」と感じる率直な思いも綴っています。
成長とともにスマホやゲームなどの悩みも深まっているようですが、息子さんたちからは「クソばばあ」なんて言葉が飛び出すこともあるそうで、華やかな生活の裏にあるリアルな育児の苦労には親近感を覚えずにはいられません。
でも、誕生日にお互いプレゼントを贈り合うような素敵な関係性を築いているのは、彼女が注いできた愛情の結果なのでしょうね。
青木裕子|子供の学校は?
■お受験を経て進んだ学校
お子さんたちは二人とも小学校受験を経験しており、現在は同じ私立小学校に通っています。
幼稚園は、東京御三家の一つとして名高い「麻布みこころ幼稚園」に足掛け5年間お世話になっていたようです。
もともとは受験を考えていなかったそうですが、長男が幼稚園の友達の影響で塾に行きたいと言い出したことがきっかけで、お受験の道へと進むことになりました。
次男の受験の際には、長男の時の反省を活かして少し余裕を持って臨み、結果的に兄弟で同じ制服を着て電車で登下校する姿を見ることができたそうです。
彼女自身は、この受験の準備期間があったからこそ子供と深く向き合えたと振り返っており、その経験を本にまとめるなど、教育に対する熱心な姿勢が多くの親御さんから支持されています。
青木裕子|実家の母親・父親は?
■温かな実家と家族の絆
青木さんは、お父さん、お母さん、そして三姉妹の長女という5人家族の中で育ちました。
実家は埼玉県浦和市(現在のさいたま市)にあり、家族仲も非常に良かったことが伺えます。
お父さんは朝日生命に勤めていたそうですが、彼女が結婚する前に病気で亡くなられており、孫の顔を見せてあげたかったという彼女の思いには胸が締め付けられます。
妹さんたちとは非常に仲が良く、特に末の妹さんとは11歳も年が離れているため、まるで自分の子供のように可愛がっていたのかもしれませんね。
悲しい別れを経験しながらも、妹さんたちと集まって食事を楽しむ時間を大切にしている彼女の姿からは、家族の絆の強さが伝わってきます。
青木裕子|学歴(出身高校・大学)は?
■高偏差値を誇る出身高校と大学
彼女の知性を支えている学歴についても触れておかなければなりませんが、本当に驚くほどの秀才なんです。
高校は埼玉県内屈指の進学校である「埼玉県立浦和第一女子高等学校」を卒業しており、その偏差値は73という超難関校です。
高校時代はあえて部活動には入らず、スカウトをきっかけに始めた読者モデルとしての活動を、まるで部活動を楽しむかのように満喫していたそうです。
その後、慶應義塾大学経済学部に進学しましたが、こちらも偏差値70前後を誇る看板学部ですね。
大学時代は演劇サークルに所属しつつミス慶應に選ばれるなど、まさにキャンパスのヒロインのような学生生活を送っていた一方で、就職活動では周囲の動きに焦りを感じてアナウンサー試験を受けたという意外な一面もあります。
青木裕子|出身中学・小学校は?
■地元の空気に包まれた小中学校時代
小学校は「与野市立鈴谷小学校(現在のさいたま市立鈴谷小学校)」で、水泳やピアノを習うなど、普通の女の子としてのびのびと過ごしていました。
当時はあまり運動神経が良くなかったり、テレビを観る習慣が家庭になかったりと、意外と素朴な子供時代だったようです。
中学校は「与野市立与野西中学校(現在のさいたま市立与野西中学校)」に進み、ここで後に日本代表の守護神となる川島永嗣選手と同級生だったのは有名な話ですね。
当時から地元ではかなりの美人として目立っていたようで、川島選手も彼女に惹かれていたというエピソードには、なんだか青春の甘酸っぱさを感じてしまいます。
地元埼玉の公立校で育んだ人間関係が、今の彼女の芯の強さを形作っているのかもしれません。
まとめ
青木裕子さんの軌跡を辿ってみると、常に全力で、かつ自然体で人生の荒波を乗り越えてきた強さを感じます。
アナウンサーとしての華やかな時代から、母として子供の成長に一喜一憂する今に至るまで、彼女の言葉には嘘がないように思えるのです。
自分の限界を認めつつ、できることを精一杯楽しむその姿勢は、私たち30代の男性にとっても、将来のパートナーシップや生き方を考える上でのヒントになります。
「VIPを接待する気持ちで」という彼女流の育児への向き合い方は、少し肩の力を抜いて周囲と接することの大切さを教えてくれているような気がします。
これからも、モデルとして、そして一人の女性として、彼女がどんな景色を見せてくれるのか、同じ時代を生きるファンの一人として応援し続けたいと思います。
