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竹取物語(かぐや姫の物語)考察|罪と罰とは?難題や「かぐや」の意味は?

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月の光が部屋に差し込む夜、ふと「かぐや姫」という存在について深く考え込んでしまうことはありませんか。

2026年現在、私たちは最新のテクノロジーに囲まれていますが、1000年以上も前に書かれた日本最古の物語が放つ輝きは、少しも色あせていないように感じます。

今日は、スタジオジブリの名作映画「かぐや姫の物語」をきっかけに、原作の「竹取物語」に秘められた深遠な謎を、僕なりに徹底考察していこうと思います。

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竹取物語(かぐや姫の物語)考察|かぐや姫の正体は?

■かぐや姫の正体とは?月から来た美しき異邦人の詳細な考察

かぐや姫の正体は、一般的には「月の都」の住人とされていますが、その背景には驚くほど多様な解釈が隠されています。

物語の中では、彼女は光り輝く竹の中から現れ、わずか3ヶ月で成人女性へと成長するという、人間離れした生命力を持つ存在として描かれています。

科学的な視点が浸透した現代では、彼女を地球に滞在しミッションを終えて帰還する「宇宙人」と捉えるSF的な説が非常に人気です。

一方で、歴史学的なアプローチで見ると、垂仁天皇の妃である「迦具夜比売命」などの実在した女性がモデルであるという、地に足の着いた考察も興味深いです。

さらに踏み込むと、彼女は単なる天女ではなく、噴火を繰り返していた富士山の化身としての「火山の女神」であったという、ダイナミックな説を唱える研究者もいます。

個人的には、彼女が持つ圧倒的な美しさと権力に媚びない強さは、当時の政権に抵抗した地方豪族の誇りを象徴しているように見えてなりません。

彼女はただの「お姫様」ではなく、この世界とは全く異なるルールで生きる、尊くも孤独な「異界の使者」だったのでしょう。

かぐや姫の罪と罰とは?

■「姫の犯した罪と罰」とは?地上の穢れと喜びの狭間で

ジブリ映画のキャッチコピーでも有名な「罪と罰」ですが、原作ではその具体的な内容については驚くほど沈黙が守られています。

月の王が語るところによれば、かぐや姫は月で何らかの罪を犯したため、その償いとして「下賤な身」である翁の元に送られたのだといいます。

高畑勲監督はこの謎に対して、彼女が月で「地球という穢れた場所への憧れ」を抱いたこと自体が罪であり、実際にその地に降ろされることが罰だったという、鋭い解釈を提示しました。

感情がなく、老いも悩みも存在しない清浄な月の世界にとって、喜怒哀楽に満ちた地球への好奇心は、秩序を乱す危険なものだったのかもしれません。

ある学説では、彼女が犯した罪は「禁断の恋」のような男女の情愛に関する問題であり、その対極の罰として地上の男たちの求婚を拒絶させられたのだと推測しています。

また、修行のために人間界に降りてきたという説や、前世の因縁によるものだという説もあり、読者の想像力を刺激してやみません。

僕が映画を観て感じたのは、愛する人たちとの別れの悲しみを味わうことこそが、最も残酷な「罰」として機能していたのではないかということです。

結局のところ、彼女の罪とは「生きる」という生々しい営みに触れたいと願ってしまった、純粋すぎる情熱だったのかもしれませんね。

かぐや姫の難題の内容・要求した宝物

■かぐや姫が突きつけた5つの難題と、要求された伝説の宝物たち

かぐや姫に求婚した5人の公達たちは、いずれも当時の政権を担っていた実在の官僚たちがモデルとされる、最高のエリートたちでした。

彼女はそんな彼らに対して、この世のものとは思えない5つの宝物を持ってくるよう、無理難題を突きつけます。

これらは単なる珍品ではなく、仏教や中国の神話に基づいた、人間の限界を試すような究極のアイテムばかりなのです。

姫がこれほどまでに難しい品々を並べたのは、彼女がいかに「結婚」という世俗の枠組みを冷徹に拒絶していたかの証左でもあります。

第一の難題:石作皇子へ課された「仏の御石の鉢」

かぐや姫が石作皇子(いしつくりのみこ)に求めたのは、はるか天竺(インド)にあるとされる「仏の御石の鉢(ほとけのみいしのはち)」でした。

これはお釈迦様が実際に使っていたとされる石の器で、本物であれば不思議な光を放つと言い伝えられています。

皇子は実際にインドへ行くふりをして3年もの間国内に潜伏し、山寺にあった真っ黒にすすけた古い鉢を錦の袋に入れて持ち帰りました。

しかし、かぐや姫がいくら目を凝らしても、その鉢から蛍の光ほどの輝きすら見えなかったため、すぐさま偽物だと見破られてしまいます。

結局、皇子は鉢を門前に投げ捨てて去りましたが、このエピソードが「恥を捨てる(鉢を捨てる)」という言葉の由来になったと言われています。

第二の難題:車持皇子へ課された「蓬莱の玉の枝」

車持皇子(くらもちのみこ)に命じられたのは、東の海に浮かぶ伝説の山にある「蓬莱の玉の枝(ほうらいのたまのえだ)」です。

この枝は根が銀、茎が金、実が真珠でできており、まさに宝石がそのまま木になったような究極の逸品でした。

皇子は最も賢く狡猾で、最高の職人たちを秘密の場所に監禁して3年がかりで精巧な偽物を作らせたのです。

彼はボロボロの旅姿で現れ、自らの冒険譚を涙ながらに語って姫を信じ込ませる寸前まで行きましたが、そこに「代金を払え」と職人たちが乱入して全てが露見しました。

皇子はあまりの屈辱に「たまさかる(魂が抜ける)」ほどのショックを受け、そのまま深い山の中へ姿を消してしまいました。

第三の難題:右大臣阿倍御主人へ課された「火鼠の裘」

右大臣阿倍御主人(あべのみうし)が要求されたのは、唐土(中国)にあるとされる伝説の布「火鼠の裘(ひねずみのかわごろも)」です。

この毛皮は火の中に投げ込んでも決して燃えることがなく、むしろ火で焼くことで汚れが落ちて輝きを増すという不思議な性質を持っていました。

大臣は莫大な金をつぎ込んで中国の商人からこの毛皮を手に入れ、自信満々にかぐや姫の元へ持参します。

かぐや姫が「本物なら焼いても燃えないはず」と目の前の火にくべた瞬間、毛皮はめらめらと燃えて灰になってしまいました。

期待が大きかっただけに大臣のショックは計り知れず、これが「あへなし(阿倍なし/期待外れ)」という言葉の語源になったとされています。

第四の難題:大納言大伴御行へ課された「龍の首の珠」

武勇を誇る大伴大納言(おおとものみゆき)への注文は、恐ろしい龍の首に付いている「龍の首の珠(たつのくびのたま)」でした。

これは五色に光り輝く珠ですが、それを手に入れるためには龍を殺さなければならないという、命懸けのミッションです。

大納言は当初、部下たちに珠を取ってくるよう命じましたが、部下たちは愛想を尽かして資金を持ち逃げし、誰も探しには行きませんでした。

業を煮やした本人が海へ出たところ、凄まじい嵐と雷に襲われ、「龍の怒りに触れた」と恐怖して必死に神に祈り、命からがら逃げ帰ることになります。

彼は重病を患い、目はスモモのように腫れ上がり、かぐや姫を「人を殺そうとする大盗人だ」と罵って完全に諦めました。

第五の難題:中納言石上麻呂へ課された「燕の子安貝」

最後に残った石上中納言(いそのかみのまろ)が命じられたのは、燕が卵を産む瞬間に持つとされる「燕の子安貝(つばめのこやすがい)」です。

子安貝は安産のお守りとして知られていましたが、燕がそれを持っているというのは現実にはあり得ない幻想的な設定でした。

中納言は燕の巣をうかがうために高い足場を作らせ、自ら籠に乗って吊り上げられましたが、何かを掴んだ拍子に高所から転落してしまいます。

彼が喜び勇んで握りしめていたのは、貝ではなく燕の古い糞であり、そのあまりの恥ずかしさと怪我が原因で、彼は息絶えてしまいました。

この無惨な結末が「かひなし(貝なし/甲斐なし)」の語源となり、かぐや姫もこの時ばかりは少しだけ同情したと言い伝えられています。

かぐや姫の難題の結果・なぜ無理難題?

■難題の結果はどうなった?なぜ男たちは誰一人成功しなかったのか

この求婚騒動の結果は、ある者は詐欺に走り、ある者は命を落とすという、喜劇的でありながらも悲劇的な結末を迎えました。

石作皇子は山寺の古い鉢を持ってきて嘘をつきましたが、鉢には全く光が宿っておらず、あっさりと見破られてしまいました。

最も巧妙だった車持皇子は、職人に偽物を作らせて姫を騙そうとしましたが、完成後に報酬を求めてやってきた職人たちの告発によって、全ての計画が露見しました。

右大臣阿倍御主人は大金で手に入れた毛皮を火にくべたところ、本物なら燃えないはずがあっという間に灰になり、その場に崩れ落ちました。

龍の珠を求めて海に出た大伴大納言は、激しい嵐と龍の怒りに触れて病に伏し、李のように腫れ上がった目で命からがら逃げ帰りました。

子安貝に挑んだ石上中納言は、燕の巣を探そうとして高所から転落し、掴んだのは貝ではなく燕の糞だったという屈辱の中で絶命しました。

これらの難題がなぜ「無理難題」だったかといえば、それらが現実の日本には存在しない神話の世界の産物だったからです。

また、権力や金で解決しようとする男たちの浅ましさを炙り出すための、かぐや姫による巧妙なトラップだったとも言えるでしょう。

竹取物語(かぐや姫の物語)原作は怖い?

■原作「竹取物語」は実は怖い?天の羽衣がもたらす「感情の死」

昔話として親しまれている「かぐや姫」ですが、原作の終盤には現代の私たちが戦慄するような「怖さ」が潜んでいます。

最大の恐怖は、月からの迎えが来た時に、かぐや姫が「天の羽衣」を着せられる瞬間にあります。

この羽衣を纏った途端、彼女は育ててくれた翁夫婦への愛情や、地上での全ての記憶、そして豊かな人間としての情動を一切失ってしまうのです。

泣き叫ぶ翁たちを目の前にしながら、何も感じない人形のようになって月の車へ乗り込むその姿は、ある種の「精神的な死」を意味しているように思えてなりません。

また、帝が姫からもらった不老不死の薬を「彼女のいない世界で生きても意味がない」と山で焼き払うシーンも、執着の極致として、美しくも恐ろしい余韻を残します。

さらに、龍の怒りや求婚者の転落死など、自然や神罰の残酷さが生々しく描かれている点も、単なる子供向けのお話とは一線を画しています。

月の世界の住人が「穢れた所」と地球を蔑み、人間の弓矢を花に変えて無力化する圧倒的な技術力も、どこか冷徹な支配者の風格があって怖いですよね。

この物語が怖いのは、どれほど愛し合っても、異世界の圧倒的な摂理の前では、個人の想いが無慈悲に踏みにじられてしまうという現実を突きつけてくるからかもしれません。

まとめ

「竹取物語」は、1000年前の文学でありながら、現代のSFやフェミニズム、そして深い死生観を内包した驚くべき傑作です。

かぐや姫が月へ帰った後、富士山から立ち上る煙は、愛を貫いた人たちの「不滅の情熱」と、届かぬ想いの「永遠の象徴」なのかもしれませんね。

もしあなたが今夜、空に浮かぶ月を見上げるなら、そこには記憶を失いながらも、どこかで地球を思って涙を流している姫がいると想像してみてください。

それはきっと、私たちが「今ここで生きている」という、かけがえのない価値を再確認させてくれる素敵な時間になるはずです。

また面白い考察を思いついたら、このブログで皆さんに共有したいと思います。

それでは、素敵な映画・ドラマライフをお過ごしください。

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