2018年に放送されたあの衝撃からもう何年も経つのに、未だに色褪せない名作ドラマ「アンナチュラル」の世界に改めて浸ってみませんか。
法医学という一見すると無機質な世界を舞台にしながら、これほどまでに人間臭く、そして命の重さを突きつけてくる物語には早々出会えるものではありません。
脚本家・野木亜紀子さんが紡ぎ出す緻密な伏線の数々と、主題歌「Lemon」が流れる絶妙なタイミングに、当時私もテレビの前で何度も涙を流したことを覚えています。
今回は、多くのファンを魅了し続けてやまない本作の魅力を、結末や犯人の深層心理まで徹底的に考察し尽くしていきたいと思います。
アンナチュラル|wiki情報
■珠玉のミステリー「アンナチュラル」の作品情報
本作は2018年1月12日から3月16日まで、TBSテレビ系の「金曜ドラマ」枠で全10話が放送されました。
主演を務めるのは石原さとみさんで、彼女が演じる三澄ミコトは日本に170人ほどしかいない法医解剖医という非常に希少な専門職です。
脚本は「逃げるは恥だが役に立つ」などで知られるヒットメーカーの野木亜紀子さんによる完全オリジナル作品であり、その構成の妙は目を見張るものがあります。
演出には塚原あゆ子さんらが名を連ね、後に放送された「MIU404」や映画「ラストマイル」とも同じ世界線を持つシェアード・ユニバース作品としても知られています。
主題歌である米津玄師さんの「Lemon」は、ドラマの内容とあまりにも深く共鳴し、社会現象を巻き起こすほどの大ヒットを記録しました。
アンナチュラル解説ネタバレ|あらすじ
■不自然な死を許さないUDIラボのあらすじ
物語の舞台は、日本における不自然死(アンナチュラル・デス)の低い解剖率を改善するために設立された「不自然死究明研究所」、通称「UDIラボ」です。
ここは警察や自治体から依頼された年間約400体もの遺体を解剖し、死因を究明することに特化した全国初の研究機関となっています。
法医解剖医の三澄ミコトを中心に、ベテランの中堂系、臨床検査技師の東海林夕子、記録員の久部六郎、そして所長の神倉保夫たちが協力して「死」の裏側にある謎を解いていきます。
1話完結で進む事件の裏側には、ミコトの壮絶な生い立ちや、中堂が8年間追い続けている恋人殺害事件という重厚な「縦軸」が一本の糸のように繋がっています。
「法医学は未来のための仕事」というミコトの信念が、不条理な死に直面した人々の心を救い、物語を希望へと導いていく過程が実に丁寧に描かれています。
アンナチュラル解説ネタバレ|キャスト相関図
■キャストと登場人物の詳細・相関図
主人公の三澄ミコトは、解剖実績1,500件を誇る「三澄班」の執刀医で、24年前に起きた無理心中事件の生き残りという過酷な過去を背負っています。
彼女はどんな状況でも「生きること」に強くこだわり、朝から丼物を平らげるほどのバイタリティを持っていますが、その強さは家族からの深い愛情に支えられたものです。
対照的なのが井浦新さん演じる中堂班の執刀医・中堂系で、解剖実績3,000件の腕を持ちながら、態度は最悪で口癖は「クソ」や「バカ」という一癖あるキャラクターです。
彼は8年前に殺害された恋人、糀谷夕希子の犯人を特定するためにUDIラボに居座っており、その孤独な復讐心は物語の核心部分を担っています。
新人記録員の久部六郎(窪田正孝さん)は、実は週刊誌のスパイとして潜り込んだ医大生ですが、次第に法医学の意義に目覚め、ミコトに淡い恋心を抱くようになります。
臨床検査技師の東海林夕子(市川実日子さん)は、ミコトの良き理解者であり、仕事の合間に行う「異性間交流会」に情熱を燃やすムードメーカーです。
これら個性の強い面々を温かく、時に厳しくまとめ上げるのが神倉保夫所長(松重豊さん)で、元厚生労働省の役人でありながら、部下のために最高級のお茶を淹れるようなお茶目な一面も持っています。
外部には葬儀屋の木林南雲がおり、彼は中堂と密かに協力関係を築いて「赤い金魚」の痕跡がある遺体を探し続けていました。
人間関係としては、UDIという一つのチームでありながら、それぞれが秘密や目的を抱え、時には反発し合いながらも「真実」という一点で結ばれている、実に絶妙なバランスの相関図となっています。
アンナチュラル解説ネタバレ|最終回のストーリー
■最終回のストーリー「旅の終わり」
最終話では、ついに「赤い金魚」事件の真犯人と目される高瀬文人が警察に出頭してきます。
しかし、彼は「遺体は損壊したが、殺してはいない。彼女たちは勝手に死んだのだ」という異常な供述を繰り返し、殺人罪を回避しようと画策します。
決定的な証拠が見つからない中、検事の烏田はミコトに対し、高瀬を有罪にするために鑑定書の改ざんを強要するという理不尽な圧力をかけてきます。
さらに、六郎が週刊誌の内通者であったことがメンバーに知れ渡り、UDIラボは組織崩壊の危機に直面することになります。
中堂は法で裁けない高瀬を自らの手で殺めるべく、情報を握るジャーナリストの宍戸を襲撃し、一線を越えようと暴走します。
絶体絶命の状況でミコトが叫んだ「中堂さんが負けるのなんて見たくない!私を絶望させないでください!」という言葉が、復讐の鎖を断ち切る鍵となります。
アンナチュラル解説ネタバレ|最後の結末
■明かされる真実と最後の結末
物語を劇的に動かしたのは、アメリカのテネシー州に住む夕希子の父親が来日したことでした。
アメリカは土葬の国であり、夕希子の遺体はエンバーミング(防腐処理)を施された状態で埋葬されていたため、8年経った今でも再解剖が可能だったのです。
ミコトは夕希子の遺体を再解剖し、最新のDNA鑑定技術を用いることで、彼女の歯の裏から高瀬のDNAを検出することに成功しました。
法廷でミコトは、高瀬の不幸な生い立ちを持ち出し、彼を「誰も救えなかった、かわいそうな子供」として心から同情するという心理戦を仕掛けます。
自分の犯罪を「偉大な達成」だと誇っていた高瀬はこの挑発に激昂し、「俺がやりたくてやった!俺にしかできなかった!」と26人全員の殺害を自白してしまいました。
高瀬は殺人罪で裁かれることになり、証拠を隠滅しようとした宍戸も殺人幇助で逮捕され、長い旅路にようやく一つの決着がつきます。
アンナチュラル解説ネタバレ|アルファベットの意味
■AからZを埋めるアルファベットの意味
高瀬が犯行のルールとしていたのが、被害者の殺害方法をアルファベット26文字の頭文字になぞらえるという、あまりにも冷酷なゲームでした。
具体的には、夕希子の殺害に使われた「N」はNicotine(ニコチン)、橘芹那の「F」はFormalin(ホルマリン)を指しています。
最後の犠牲者となった大崎めぐみは「A」のAsunder(バラバラにすること)として扱われ、これで全26文字のコレクションが完結するはずでした。
他にも「E」のElectricity(感電死)や「K」のKnife(ナイフ)など、彼は毎回異なる死因を設計することで、同一犯による連続殺人だと悟られないようにしていたのです。
彼にとって殺人は感情の爆発ではなく、単にアルファベットの空欄を埋めていくタスクのような感覚だったことが、この作品の不気味さを際立たせています。
アンナチュラル解説ネタバレ|犯人・なぜ高瀬?最後は?
■犯人・高瀬文人とは何者だったのか?
真犯人の高瀬文人は、不動産会社の経営者であり、第8話のビル火災で唯一生き残った「被害者」として物語に登場しました。
彼は10年前に母親を亡くした頃から殺人を始めており、父親も失踪中で、恐らくは自身の息子である高瀬に殺害された可能性が高いとされています。
犯行の標的は、物件の内見に訪れた若い女性たちであり、彼らにとっての輝かしい未来の入り口である「住居探し」の場を、高瀬は「死の舞台」へと変えていたのです。
高瀬の行為の根源には、幼少期に母親から受けた「しつけ」という名の虐待がありました。
彼はゴムボールを口に押し込まれるという苦痛を経験しており、その記憶が「おさかなカラーボール」を被害者の口に詰め込むという犯行スタイル、つまり「赤い金魚」の痕跡へと繋がっています。
アンナチュラル解説ネタバレ|宍戸の目的は?最後はどうなる?死亡?
■宍戸理一の目的と最後はどうなったのか?
フリージャーナリストの宍戸理一は、物語の黒幕ではありませんが、高瀬の犯行を何年も前から知りながら、それを特ダネとして「飼っていた」最悪の男です。
彼の目的は真実を暴くことではなく、事件を「売れる物語」として加工し、世間の注目と富を得ることでした。
高瀬の殺害現場に居合わせ、決定的な証拠であるゴムボールを譲り受けながら、中堂の目の前でそれを硫酸で溶かすという冷酷な証拠隠滅まで行っています。
最終回では中堂から毒物を飲まされるという報復を受けますが、ミコトと六郎の機転によって一命を取り留めました。
しかし、最後には殺人現場に残された自身の毛髪が証拠となり、殺人幇助罪で警察に連行されるという、因果応報な末路を迎えます。
彼が死ぬことはありませんでしたが、情報を支配していたつもりが最後には「撮られる側」に転落するという、皮肉な結末となりました。
まとめ
■旅の終わりは新たな始まり
全10話を通して描かれた「アンナチュラル」は、単なる犯人探しに留まらない、人生と向き合うための物語でした。
最後には、スパイとしてUDIを去った六郎も「法医学者になりたい」という強い決意を持って戻ってきます。
所長室には再びムーミン好きの坂本さんも加わり、UDIラボの面々がいつも通り賑やかに解剖を始めるラストシーンには、確かな希望が感じられます。
ドラマのエンディングに表示された「Their journey will continue.」という言葉通り、彼らの不条理な死との戦いはこれからも続いていくのでしょう。
この作品は、死者を解明することで今を生きる私たちの背中を押してくれる、一生モノの傑作であると私は断言します。
