歌舞伎という、数百年の時を刻む伝統の荒波の中で、自らの「好き」を貫き通し、新しい時代の幕を開けようとしている一人の男がいます。
その名は、二代目尾上右近、愛称「ケンケン」。
彼を見ていると、サラブレッドという言葉だけでは片付けられない、泥臭いまでの情熱と、どこか放っておけない愛くるしさが同居していることに気づかされます。
今回は、今や歌舞伎界の枠を飛び越え、お茶の間でも圧倒的な存在感を放つ彼の、Wikipediaに負けないくらい深く、そしてその魂にまで迫る物語を綴っていきたいと思います。
尾上右近|プロフィール、年齢・身長は?
■輝かしい光を背負って生まれた、ケンケンの素顔
1992年5月28日、東京の地に、後の歌舞伎界を揺るがす一人の少年が産声を上げました。
本名を岡村研佑といい、身長170センチ、血液型はO型、その端正な顔立ちは、かつての銀幕スターを彷彿とさせます。
彼の屋号は「音羽屋」であり、定紋は「重ね扇に抱き柏」という、歴史の重みを感じさせる紋章を掲げています。
しかし、その高貴な肩書きとは裏腹に、趣味は「カレーの食べ歩き」という、なんとも親しみやすい一面を持っているのが彼の魅力です。
歌舞伎俳優としての顔だけでなく、清元節の太夫としての顔も持つ彼は、まさに「二刀流」という言葉が最も似合う、現代のプリンスと言えるでしょう。
尾上右近|経歴
■伝統と革新の狭間で、自ら道を切り拓いた軌跡
彼の歩みは、決して順風満帆なエリートコースだけではありませんでした。
わずか3歳のとき、曾祖父である六代目尾上菊五郎の映像に魅了されたことが、彼の役者人生のすべての始まりでした。
7歳で『舞鶴雪月花』の松虫役として初舞台を踏み、2005年には12歳で二代目尾上右近を襲名しましたが、彼の実家は役者の家ではなく、音楽を司る「清元」の宗家だったのです。
「役者ではない家の子供」として、なかなか大きな役に恵まれない時期もありましたが、そんな彼を救ったのは、当代最高の女形・坂東玉三郎さんによる抜擢でした。
その後、市川猿之助さんの怪我による代役として『スーパー歌舞伎II ワンピース』のルフィ役を見事に演じきり、彼は一気にスターダムへと駆け上がったのです。
尾上右近|大河ドラマ
■帝から将軍へ、大河ドラマで見せる圧倒的な品格
彼の演技力は、舞台の上だけにとどまらず、NHK大河ドラマという大きなキャンバスでも鮮やかに彩られています。
2021年の『青天を衝け』では、孝明天皇という、物語の根幹を成す気品溢れる役どころを演じ、その佇まいの美しさが大きな話題となりました。
そして、2026年最新作『豊臣兄弟!』では、室町幕府最後の将軍・足利義昭を演じることが決まっており、ファンからの期待は最高潮に達しています。
かつて新作歌舞伎『刀剣乱舞』で義昭の兄である足利義輝を演じた彼が、今度は映像の世界で弟を演じるという、運命的な巡り合わせに胸が熱くなりますね。
どんな時代背景にあっても、彼がまとう独特のオーラは、歴史上の人物に命を吹き込み、私たちをその時代へと誘ってくれます。
尾上右近|結婚・子供
■理想は高く、愛は深く、いまだ独身を貫く恋の行方
33歳という若さで、これほどまでの成功を収めている彼ですが、プライベートでは2026年現在も独身を貫いています。
結婚願望は非常に強く、20代の頃から「家庭を持ちたい」と語っていますが、彼が掲げる「結婚の条件」がなかなかに個性的であることが知られています。
「母親と仲良くできる人」「毎朝ハグ&チューができる人」「毎日カレーでもOKな人」という三箇条は、彼の純粋すぎる性格を表しているかのようです。
2024年には、かつての同級生である河北麻友子さんに似た、年上の一般女性との半同棲が報じられ、ついにゴールインかと思われましたが、現在もまだその報告は届いていません。
彼にとって結婚とは、単なる形ではなく、歌舞伎界や師匠、そしてお客様に対しても誠実に筋を通すべき、神聖なものだと考えているのでしょう。
尾上右近|家系図・寺島しのぶ関係
■音羽屋の血を分かち合う、寺島しのぶさんとの深い縁
尾上右近という名前を紐解くと、そこには歌舞伎界の至宝たちが連なる、壮大な家系図が見えてきます。
実は、女優の寺島しのぶさんとは、曾祖父を同じくする「はとこ(二従姉弟)」という、血の繋がった親戚関係にあります。
しのぶさんは彼にとって、年の離れた頼りになるお姉さんのような存在であり、二人は非常に仲が良いことで知られています。
また、しのぶさんの息子である尾上眞秀くんとも、自主公演『研の會』で親子役を演じるなど、次世代の絆をしっかりと育んでいます。
「親が役者ではない」という共通点を持つ二人が、伝統ある音羽屋の名を背負って舞台に立つ姿は、多くのファンの涙を誘いました。
尾上右近|母親
■ケンケンの「太陽」、最愛の母・岡村矢尋さんの存在
彼を語る上で、切っても切り離せないのが、母親である岡村矢尋さんの存在です。
矢尋さんは、昭和の大スター・鶴田浩二さんの次女として生まれ、現在は「梨園の妻」として、多忙な日々を送りながら息子たちを支えています。
右近さんの「マザコン」エピソードは有名ですが、それは決して依存ではなく、厳しい世界で戦う母への、彼なりの最大の敬意と愛情の裏返しなのです。
番組で母から「私を解放してください」と本音をぶつけられても、「解放しない!」と笑って答える二人のやり取りには、誰にも入り込めない深い信頼関係が見て取れます。
また、矢尋さんはプロ級の日本画家という顔も持ち、息子の自主公演のポスターを手掛けるなど、その才能は右近さんの芸術的感性にも大きな影響を与えています。
尾上右近|父親
■孤独な家元を支え抜いた、父・七代目清元延寿太夫さんの背中
彼の父親は、江戸浄瑠璃「清元節」の高輪派家元、七代目清元延寿太夫さんという、邦楽界の重鎮です。
父自身も、若い頃は本名の岡村清太郎名義で俳優として活躍していましたが、家元としての孤独と責任を一人で背負ってきました。
息子が「役者になりたい」と言い出したとき、清元の跡継ぎがいなくなる不安から、激しい衝突もあったといいます。
しかし、右近さんが「歌舞伎俳優」と「清元の太夫」の両立を目指すと決意したことで、父子の絆はより強固なものとなりました。
2018年には、親子三人が同じ舞台で共演するという、歌舞伎の歴史に残る奇跡的な瞬間を実現させ、父のこれまでの苦労を最高の形で報いたのです。
尾上右近|兄弟
■共に病を乗り越え、芸の道を歩む唯一無二の兄・斎寿さん
彼には、清元節の三味線方として活躍する、初代清元斎寿さんという兄がいます。
兄の斎寿さんは、かつて悪性肉腫という重病を患い、余命3ヶ月という過酷な宣告を受けた過去がありました。
「もう一度三味線を弾きたい」という執念で病を克服し、現在は弟の右近さんが唄う横で、力強く三味線をかき鳴らしています。
血の繋がった兄弟が、一人は舞台の中央で舞い、一人は山台の上で音を支えるという姿は、この家系にしか成し得ない究極の家族の形です。
弟の自由な挑戦を、静かに、しかし力強く支え続ける兄の存在こそが、ケンケンが安心して羽ばたける最大の理由なのかもしれません。
尾上右近|学歴(出身高校・大学)は?
■豪華すぎる同級生と過ごした、成城学園から堀越高校への青春
彼の学歴を辿ると、そこには後のスターたちが集結した、驚くべき光景が広がっています。
小学校、中学校は成城学園に通い、そこでは歌舞伎仲間の関係である中村米吉さんと同級生として過ごしていました。
しかし、中学時代は声変わりの影響で思うようにセリフが言えず、役者としての大きな壁にぶつかり、苦しい時期を過ごしたこともあったそうです。
尾上右近|出身中学・小学校は?
より芸能活動に専念するため、高校は堀越高校のトレイトコースに進学し、そこでは河北麻友子さんや成海璃子さんといった豪華な面々と机を並べていました。
特に河北さんには、毎日一緒に過ごす中で恋心を抱き、勇気を出して告白したものの撃沈し、電車の改札を泣きながらくぐったという、甘酸っぱい青春のエピソードが残されています。
まとめ
■二刀流を超えて、その先にある新しい景色を目指して
尾上右近という男を深く掘り下げていくと、そこには伝統の重圧に押し潰されることなく、むしろそれを翼に変えて飛ぼうとする、強い意志が見えてきます。
彼は高校卒業後、大学には進学せず、芸の道にすべてを捧げることを選び、それは自分自身の魂を賭けた大きな決断でした。
「役者と人間がイコールでありたい」と語る彼の言葉通り、バラエティで見せるお茶目な姿も、舞台で見せる凄みのある演技も、すべてが真実の彼なのです。
2025年、自主公演『研の會』を第十回で一区切りにすることを発表しましたが、それは彼がさらなる高み、より大きな舞台へと羽ばたくための準備期間に違いありません。
歌舞伎と清元、そしてカレーと母を心から愛するこの男が、これからどのような伝説を築いていくのか、私たちはこれからも目を離すことができません。
